第4話 途方に暮れる

「よいしょっと」


俺はかがみ込み全身甲冑の首と膝の後ろに手を入れると、勢いを込めて持ち上げる。


「うおっ!?」


思っていた以上に軽く感じ、勢いのままに空まで放り投げてしまうところであったのをすんでのところで堪える。


「あぶな・・・意外と軽いな」


全身に甲冑を装備しているので持ち上げることも難しいと思っていたが、一体どうなっているんだ?


「うぅ・・・」


俺が持ち上げたことで反応したのか、全身甲冑がくぐもった声を上げる。


「おっと、こうしちゃいられないな」


俺は思考を途中で止め、森の中を当てずっぽうで歩き始めた。




「参ったな・・・向かう場所が分からん」


あれから十数分後、既に俺は行き詰っていた。


月明かりだけを頼りに方向も分かるず進んでいるのだから当たり前といえば当たり前だろう。


途方に暮れながらも歩みを更に進めると、水の音が聞こえてきた。


「助かった。川だ」


音の発生源は思った通り川だった。


「このまま下れば、村や町があるに違いない」


今となっては場所すら分からないが俺が住んでいた場所も川の水を利用しやすいようになっていた。


このまま川を下れば人里があるだろう。


それから更に数十分歩くと俺は更なる難題にぶち当たった。


「・・・おいおい、ついてないな・・・滝かよ・・・」


俺は崖になっているところから滝を見下ろす。


中々の高さだ。


「月明かりだけじゃ、流石に迂回する訳にもいかないな・・・仕方がない」


俺は今日中の森脱出は諦めて、野営することにした。


「見たところ、全身甲冑さんも致命傷もなさそうだし、大丈夫だろう」


俺は、比較的平らな地面を見つけて全身甲冑をゆっくりと横たわらせる。


「まずは、火だな」


俺は森の中に入って、小枝や何やら燃えそうなものを持ってくる。


そして、ここで初めて自身が何か持っていないか確認することにした。


「・・・何も持ってないな。本当、良く今まで生きていたもんだ」


俺は仕方ないから、原始的なやり方で火をおこすことにした。


「おっ、昔より早く着いたな」


木と木を擦り摩擦を発生させて火を出すやり方であったが、何年前か分からない15歳の時と比べてあっという間に火を出せたことに少し嬉しくなる。


そして、焚火を作ることに成功した。


「温かいなぁ・・・そうか、俺は戻ってこれたんだな・・・」


俺は久しぶりの焚火の温かさに触れ、はっきりと自身の体を取り戻せたことに不覚にも目頭が熱くなるのを感じた。


ぐぅぅぅ


体は正直なようで、ほっとしたのに合わせて空腹を主張してくる。


「・・・腹減ったな。久々にまともな飯を食べたいが・・・もう少し我慢しよう」


今はここを離れる訳にはいかない。


俺は森に入って食べられるものを探しにいきたい衝動を必死で抑える。


そして、今まで見ないようにしていた問題に目を向けることにした。


「・・・流石に空腹は抑えられても、この悪臭は駄目だ」


そう、俺自身が発している体臭だ。


「あの野郎・・・野郎か分からないが、水浴びなんてしなかったからな」


俺自身もそこまでマメに体を清めていた訳ではないが、流石にここまでの体臭になったことはない・・・はずだ。


俺は川に向かい、身を清めることにした。


「あーさっぱりした」


その数分後、俺は焚火で自身の服を乾かしながら気分爽快になっていた。


当然、今の見た目は裸だが、大事なところは森の中に入ったときに見つけた大きな葉っぱで隠している。


「今が、寒い季節で無くて助かった。それに『清掃』のスキルも中々役に立つな」


俺は、こびりついた服の汚れが川で洗っただけで落ちた事実に感動していた。


「あれだけの汚れを水だけで落とせるなら、生きていく事だけなら出来るかもしれないな・・・」


はぁ


俺は、言葉とは裏腹に溜息を吐く。


「俺は冒険者になりたかったのにな。どうでもよくなって森に入ったら今度は訳の分からない奴に体を乗っ取られるとは・・・やってられないぜ・・・」


今が何歳か分からないが、あれから大分過ぎただろう。


「俺の・・・俺が憧れ目指していた人生は積んじまったなぁ」


何となく夜空に浮かぶ星を見上げながら俺はそう呟いた。


そっと目を瞑る。


いかんいかん。このままでは号泣してしまう。


俺は、雑念を払うように自身の首を振りながら身を起こすと目を開ける。


「・・・それで、調子はどうだい。全身甲冑さん」


いい加減。他に人が居るのに独り言を続けているのも痛くなってきたので、焚火の前で横たわっている全身甲冑さんに声を掛けてみた。


気が付いていると思っている訳では無い。


ただ話かけてみただけだった。


だが、


「・・・いつから気づいていた?」


予想に反して、全身甲冑から警戒したような返事が返ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る