第12話 シャルル元殿下視点、エリーゼ捜索隊

シャルル視点:崩壊の始まり


 その報は、まるで氷の刃のように胸を突き刺した。


 ──黒魔の森。捜索隊、帰還。生存者、確認できず。現場には、血濡れの布切れと大量の血痕のみ。


 唇が、自然と震えていた。


「……嘘だ」


 誰に向けた言葉だったのか、自分でもわからなかった。ただ、それが現実であることを受け入れられなかった。否、受け入れてはならないと、本能が叫んでいた。


 玉座の間に響く足音、兵士たちのざわめき、王の怒気……何もかもが遠い。


 まるで、世界が自分だけを置き去りにして、崩れていくようだった。


「シャルル殿下、しっかり……!」


 傍らのカリーナの声すら、耳に届いていない。


 彼女が泣いていたかどうかも、覚えていない。


 ただ、脳裏に浮かんだのは、あの広間で涙を流していたエリーゼの顔。


 ──縛り上げられ、無様に崩れ落ちた少女の姿。


 あれが、最後だった。


「……俺が……」


 唇から漏れた言葉は、誰にも聞かれていなかった。


 誰にも聞かれなくてよかった。誰かに聞かれていたら、自分はその場で崩れていただろう。


 王に王位継承権を剥奪されたときでさえ、まだ、どこかで“俺は正しかった”と信じていた。


 カリーナが言ったこと、廷臣が流した噂──“エリーゼは陰湿で冷たい女だった”という言葉を、まるで自分の防壁のように信じていた。


 だが。


「エリーゼが、死んだ……?」


 口にした瞬間、胃の奥から何かがこみ上げてきた。苦い吐き気。だが吐き出すことすらできない。


 黒魔の森。魔獣の巣。人の立ち入ることすら禁じられた呪われた地。


 そこに、生身の少女を追放するという行為が、どれほどの意味を持つか。


 考えるまでもなかった。──死ね、ということだった。


「そんな……俺は、そこまで……」


 だが、やったのだ。自分の口で、王命も待たず、一方的に“追放”を宣言したのだ。


 なぜ、そこまでしてしまったのか。


 ──嫉妬か。


 いや、恐れだった。


 エリーゼの静かな気高さが、カリーナを、そして自分を脅かしていたのだ。


 彼女は自分を必要としなかった。媚びることもなかった。ただ毅然と、どんな場面でも芯を持って立っていた。


 そんな彼女を、どうしても手元に置いておけなかった。


 それが、自分の小ささをさらすことになるとわかっていても。


「俺は、間違っていた……」


 膝が、崩れそうだった。


 床に手をつき、初めてわかった。


 ──エリーゼは、すべてを黙って受け入れたのだ。誇りも、家も、未来も奪われながら、最後まで言い訳ひとつしなかった。


 何よりも強かったのは、俺ではなく、彼女だった。


 それに気づいたときには、もう遅かった。


「エリーゼ……」


 その名を呼んでも、もう返事は返ってこない。


 捜索隊の報告では、血の量は“致死に至る”ほどだったという。


 だが、遺体は見つかっていない。


 ただの布切れではなく、彼女が最後に着ていた薄青のドレスの一部。王家に献上されたフリューゲル製の逸品──その色を、俺はよく覚えていた。


 森の中で、それが黒く染まっていたと、報告書には書かれていた。


 彼女が、最後に何を思ったかを考えるのが怖かった。


 ──誰にも助けられず、絶望の中で、あの美しい目がどれほどの苦しみを浮かべたか。


「……生きていてくれ」


 わずかな希望に、縋るように祈った。


 もし、もしまだ息をしているのなら、謝りたい。何度でも、土下座でも、命を賭けてでも。


 けれど、彼女が本当に死んでいたなら──


 自分の人生は、そこで終わる。


 王位継承者の資格を失い、誇りも名誉も、自らの手で地に落とした。


 残るのは、彼女を殺したという罪だけ。


 自分が“王子”として生まれた意味も、存在も、全てが無だったと証明される。


「終わりたくない……」


 震える声で呟いた。だが、誰も答えなかった。


 答えられるわけがなかった。彼が壊したのは、人一人の命と、ひとつの未来なのだから。


 祈るように天を仰いだ。


 もし神がいるなら、今こそ罰ではなく、ゆるしを──いや、それすらおこがましい。


 せめて、彼女がどこかで生きていてくれさえすれば。


 謝ることができるなら、それだけでいい。


 そのために、自分のすべてを賭けるつもりだった。


「お願いだ……エリーゼ……生きていてくれ……!」


 涙が、零れていた。


 王子として生きてきた十余年、そのすべてが意味を失うほどに。


 ただ、彼女の一命が欲しかった。生きていてくれれば、それだけでよかったのだと、今さら思い知ったのだった。

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