第7話 死闘、バジリスク戦
金色の髪を揺らしながら、アリスターは満面の笑みを浮かべて馬の手綱を引いた。自称「ボク」、ナルシスト気質の魔法使い。かつてテオドリック王国の王子であった彼は、婚約破棄のうえ冤罪によって国外追放された、いわくつきの人物である。だが、そんな過去さえも誇らしげに語るのが、彼という男の厄介なところだった。
「そろそろ日も傾いてきたし、今日は途中の村で休んでいかない? さすがに黒魔の森のど真ん中で野宿なんて、ボクはイヤだなぁ」
アリスターが、どこか上品な仕草であくび混じりにそう言うと、隣を歩く少女がふっと笑った。
「わたしも、虫に刺されたり、獣に襲われたりは遠慮したいかな。野宿じゃなければ、それでいいよ」
桃色の髪を揺らしながら、エリーゼ=アルセリアは軽やかに頷いた。剣聖の名を持ち、前世の記憶を宿す転生者。かつては剣道三段の女子高生だったが、交通事故で命を落とし、異世界に転生してきた。彼女もまた、冤罪による国外追放の身。レインハルト王国の元・令嬢にして婚約破棄の被害者である。
その右腕は金に輝き、左足は銀色に光る。金龍とフェンリル——二柱の精霊の力を宿した、異端の戦士。その力を知る者は少ない。何より、転生者であるという事実は、今も彼女の胸の奥に秘められたままだ。
「黒魔の森は、四つの国の国境地帯なんだ。人間の村は存在しないけれど、獣人や亜人の集落が点在している。ボクたちが向かうのは、そのひとつさ。今の時期なら交易で賑わっているはずだよ」
アリスターは地図を広げ、指先で目的地を示す。夕陽が地平線に沈みかける頃、ふたりは森の中を進み、やがて石垣で囲まれた小さな獣人の村にたどり着いた。
木造の門の前には、槍を持った門番が立っていた。毛並みのよい狼耳の青年が、警戒心を隠さず二人を睨む。
「ここから先は立ち入り禁止だ。今は……人間は入れない」
「理由を聞かせてもらえるかな?」
と、アリスターがやんわり尋ねると、門番は口をつぐんだ。代わりに、村の奥から壮年の獣人が現れる。彼こそが村長だった。
「すまない。最近、外からの客には慎重になっているのだ。特に人間にはな」
その声には、長年の苦労と、今なお消えぬ不信の色がにじんでいた。
だが、村長の目がエリーゼに向いたとき、空気が変わった。
「……その腕と脚、まさか」
金に輝く右腕と、銀に光る左足。エリーゼが袖をまくり、軽く地を踏み鳴らすと、金龍とフェンリルの精霊の気配が確かに空気に伝わった。
「お見受けしたところ……フェンリル様と古龍様に選ばれし方。ならば、話は別だ」
村長は深く頭を下げた。
「申し訳ない。我々のような辺境の民に、神々の加護を受けた方が訪れるとは思いもせなんだ。よろしければ、今夜は村に泊まっていっていただきたい」
こうして二人は、獣人の村に招かれることとなった。
村の民は最初こそ人間を警戒していたが、エリーゼの異形の腕足とアリスターの礼儀正しさに次第に心を開き、夕食には香草焼きの肉や木の実をふんだんに使った料理が振る舞われた。焚き火のそばで談笑するうち、村長がふと顔を曇らせた。
「実は、少し頼みがあるのだ」
彼の言葉に、アリスターとエリーゼは静かに耳を傾ける。
「最近、森の奥に“バジリスク”が現れるようになってな。村の狩人が二人、石にされて帰ってこなかった。このままでは、村の暮らしが成り立たぬ」
「バジリスクか……確かに、普通の冒険者じゃ歯が立たないね」
アリスターは顎に手を当て、思案する素振りを見せた。
「どうする? わたしは、放っておけないと思うけど」
エリーゼが静かに言うと、アリスターは金髪をかき上げて笑った。
「まったく……ボクってば、優しいから困るなあ。もちろん、やってあげるよ。フェンリル様と古龍様に選ばれた剣聖と、ボクがいれば、バジリスクなんて朝飯前さ」
かくして、二人は翌朝、森の奥へと向かい、バジリスク討伐へと挑むことを決めたのだった。
◆死闘、バジリスク戦◆
朝焼けが黒魔の森に差し込む頃、二人は村を出発した。
森の奥に進むほど、空気は湿り、木々は鬱蒼と茂り、まるで獣の腹に飲み込まれたような圧迫感に包まれていく。アリスターは魔導式の羅針盤を手に、バジリスクの魔力反応を探っていた。
「このあたりだね……反応が強くなってきた。そろそろ警戒しようか」
「了解。右腕と左足、両方使う必要がある相手ってことだね」
エリーゼは静かに剣の柄に手をかけ、呼吸を整える。森の奥からは、獣とも爬虫類ともつかない異様な気配が漂っていた。
そのとき、腐葉土を踏みしだく重い音が聞こえた。木々の隙間から現れたのは、体長三メートルを超える巨大なバジリスクだった。蛇のような胴体に、鳥の脚、獣の尾、鋭く割れた双角。そして何より、黄色く濁った
――視線を合わせるな。
エリーゼは即座に気配を読み取り、顔を伏せた。バジリスクの石化の魔眼は、真正面から視線を交わした者を一瞬で石に変える呪いを秘めている。
「エリーゼ、石化防御の結界を展開する! 二十秒しかもたないから、その間に接近戦を頼む!」
「任せて!」
アリスターが魔導書を広げ、金色の魔法陣を宙に描いた。地面から立ち上がるようにして、光の膜がエリーゼの全身を包み込む。石化の呪いを中和する、対魔眼結界――時間制限付きの高度な魔術だ。
エリーゼは地を蹴った。金に輝く右腕が風を裂き、銀色の左足が大地を蹴り砕く。
バジリスクが
――ガギィィン!
その鱗は、まるで鋼鉄のように硬かった。刀身が滑り、弾かれる。
「くっ、これじゃ普通に切るのは無理……!」
バジリスクが尾を振り回し、エリーゼを
「硬質鱗……ただの爬虫類じゃないってわけだ。よし、じゃあこれでどうだ!」
アリスターが叫び、地面に魔法陣を展開する。炎の柱がバジリスクの足元から吹き上がり、体表を焼いた。だが、バジリスクは咆哮を上げただけで、致命傷にはならない。
「エリーゼ、弱点は頭部と眼球の周辺! 硬質鱗が薄い!」
「了解! じゃあ――全力でいく!」
エリーゼは剣を収め、構えを変えた。彼女が選んだのは、前世で培った“面打ち”の構え。
「剣道三段、全開モード!」
冗談めいた口調の裏に、本気の気配が満ちる。金龍の右腕が黄金の光を帯び、フェンリルの左足に雷のような気が満ちる。
一瞬――。
大地を踏み砕くような跳躍。重力を無視したような滞空。そして、鋭く落ちる斬撃。
「――
エリーゼの刃が、バジリスクの頭部に突き刺さった。
黄金の閃光と共に、鱗が砕け、濁った
……勝負は、決まった。
「ふぅ……終わった?」
エリーゼが地に着地し、息を吐く。右腕の金光は薄れ、左足の力も次第に沈静化していく。
「いやはや、さすがはフェンリル様と金龍様の加護を受けし剣聖。ボクの魔法がなければちょっとは危なかったけどね?」
「はいはい、アリスターもすっごく頼りになったよ。石化してたら死んでたし」
アリスターは得意げに胸を張り、エリーゼはくすくすと笑った。
バジリスクを収納した後、二人は森を抜け、再び獣人の村へと戻る。
討伐したバジリスクの体をドンと、村の中央にある集会所に出すと、村人たちは歓声を上げ、村長は何度も頭を下げて礼を述べた。
「これで狩りも再開できます。本当に……ありがとうございました」
「お礼なんていいさ。ただ、泊まるときはちゃんと歓迎してくれればそれで」
アリスターが軽口を叩くと、村人たちの笑いが広がった。
夜、星空の下。焚き火の明かりに照らされた二人の影が、静かに揺れていた。
「ねぇアリスター。……バジリスクとの戦い、ちょっと懐かしい感じがした」
「前世の記憶?」
「うん。剣道の試合みたいだった。集中して、一瞬で決めるあの感覚。……わたし、やっぱり剣を振るうのが好きだなって、思った」
アリスターはしばらく黙っていたが、やがてふっと笑った。
「なら、ボクは魔法を使うのが好きだな。誰かのために、力を貸すのも悪くない」
焚き火の火が、パチパチと音を立てた。
こうして、ひとつの事件は幕を閉じた。
だが、彼らの旅はまだ続く。マケドニア聖教国へと向かう、その道の先には、さらなる真実と闇が待っていることを――この時の二人はまだ、知る由もなかった。
【エリーゼ=アルセリア】
レベル:20
HP:321
MP:162
攻撃:402【177+剣225】
防御:168
早さ:282
幸運:100
スキル:──剣聖──フェンリルの加護 金龍の加護
装備:テオドリック帝国 王家の剣
◆獣人村の村長は見た!二人の力◆
あの夕暮れ時のことは、今も脳裏に焼き付いて離れぬ。
森の狭間に佇む我らの獣人の村に、二人の人間が現れた。ひとりは金の髪をなびかせ、貴族めいた服に身を包んだ、どこか芝居がかった口調の男。もうひとりは、桃色の髪を持つ少女で、腰には剣。だが、その肢体には尋常ならざる光が宿っていた。
右腕には金龍の加護、左足には銀狼の力――精霊の気配が、はっきりと目に見える形でまとわりついていた。
……はじめは、彼らを村に入れる気などなかった。今の世の中、人間という種族に、我ら獣人がどれだけ苦しめられてきたか。四国の国境に近いこの黒魔の森で、我らがひっそりと生きてこられたのも、偏見と迫害から逃れてのことだった。
しかし、あの少女――エリーゼ=アルセリア、そう名乗ったか――彼女を目にした瞬間、私は言葉を失った。
かつて伝承で聞いたことがある。
金に輝く龍の腕を持つ者は、災厄の時に森を守る者として現れる。銀狼の足を授かる者は、闇を裂き真実を歩む者――
まさか本当に現れようとは。伝説の存在など、ただの夢物語だと思っていた。
最初は、気の迷いかとも思った。だが、彼女の目を見たとき、悟った。
――この少女は、戦う者の目をしている。
それは、強さや残酷さとは違う。生きるために、誰かのために剣を抜く者のまなざしだった。
そして、傍らの金髪の青年――アリスターというらしい――この男のほうは、正直なところ、最初は信用しがたかった。軽薄で、やたら自信満々。どうにも胡散臭い。
だが、それも表面だけだった。夕食の席で、村の子どもが転んで泣いたとき、アリスターは誰より早く駆け寄り、さりげなく治癒魔法を施していた。子どもが泣き止んだあとも、特に自慢するでもなく、「おーい、料理まだー?」と笑っていた。
ああ、これは“演じている”のだと気づいた。
彼は、強くて明るくて何でもできる男――そんな役を、自分に課している。あの少女の隣に立つには、それが必要だと思っているのだろう。
だから私は、頼んだのだ。森の奥に現れたバジリスクの討伐を。
本来ならば、外部の者にそんな危険な仕事を頼むべきではない。だが、我らの狩人たちではどうにも歯が立たず、村の存続すら危ぶまれていた。二人が本当に伝承に語られる“災厄を祓う者”であるならば――この危機を打ち払えるはずだと、賭けた。
翌朝、彼らは言葉少なに村を出て行った。少女は静かに、だが自信を持って歩いていた。青年は、ひらひらと手を振りながらも、その背筋は真っ直ぐだった。
……そして、その日の日没前には、彼らは戻ってきた。
――無傷で。
信じられなかった。バジリスクという、魔眼と硬質鱗を持つ魔獣を相手に、あの若さで、あの人数で、戻ってこられるなど。
討伐したバジリスクをドンと村の中心にある集会所に取り出した、それを見て、村人たちは驚きと共に歓声を上げた。狩りが再開できる、薬草を取りに森に入れる、水場も安全に使える。村に活気が戻る。命が、日常が、繋がった。
私は彼らに礼を述べた。何度も、何度も。
だが、アリスターは肩をすくめて言った。
「村でちゃんと寝られて、ご飯も美味しかったし。お代はそれでいいよ?」
エリーゼは笑って、「わたしも、誰かの役に立てて嬉しい」と言った。
まるで、当然のように。討伐したバジリスクをそのまま村に寄付してくれたのだ。
彼らは、自分の力を誇ることもなく、恩を売ることもせず、ただ旅人として、必要とされたことを成して去っていった。
その夜、焚き火の前で、私は古い言い伝えを思い返していた。
“東の空に金の閃き、南風に銀の轟き。古き魂、若き姿に宿りて、災厄を断つ者来たる”
エリーゼとアリスター。彼らは、きっとまだすべての力を出してはいなかった。むしろ、その力の本質をまだ自分たちも知らぬのではないかと思えるほど、どこか未完成で、それゆえにまぶしい。
だが、間違いなく、彼らは“選ばれし者”だ。
私は、あの時の出会いを、忘れはしない。
そして願わくば、彼らの旅路に、幸多からんことを――
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