第6話 アリスターから見たエリーゼの感想

アリスター、エリーゼについて語る



 ああ、なんて厄介で、なんて魅力的な女性なんだろう。


 エリーゼ。名乗ったのは最初だけで、それ以降は特に自己紹介も話もしてくれない。けれど、その鋭い目と迷いのない剣筋、そしてどこか投げやりに見えて、実はどこまでも真っ直ぐな背中が、僕の目を離させてくれなかった。


 最初に会ったのは、街道の外れの池のほとり。土埃にまみれた僕の声に、彼女は露骨に嫌そうな顔をした。


 無理もない。僕だって、あのときの僕を見たら声などかけなかっただろう。髪は乱れ、服は破れ、表情には哀れみしかなかった。あんな僕が「一緒に旅をしよう」なんて口にしたら、そりゃあ胡散臭くて仕方ない。


 けれど彼女は、立ち止まってくれた。


 嫌々ながらも、僕の話を最後まで聞いてくれた。


 その目の奥に、ほんの少しだけ、昔の僕と似たものを見た気がする。


 彼女もまた、失った人なのだ。居場所を、信じていた何かを。たぶん、それが僕たちの最初の共通点だった。


 でもそれ以上に驚いたのは、彼女の“条件”だった。


 「その剣、貸してくれるなら仲間にしてあげる」


 あまりに強引で、あまりに理不尽。それでも、その真っ直ぐな言葉に、僕はなぜか笑ってしまった。


 普通なら、僕のようなナルシストはそんな命令に従うはずもないのに。不思議と、彼女の頼みに抗えなかった。


 ……それにしても、【剣聖】だなんて。嘘だと思った。だって彼女、どう見ても魔法職に近いのでは? 金色の腕に銀色の足。人間なのか疑わしい? まさに神秘的な姿だ。またそれでいてボロボロの装備というかドレスの残骸、魔力の気配は高いが、不思議な何かを秘めている感じがする。


 けれど彼女は、最初の魔物――黒いウルフが現れた瞬間、躊躇ちゅうちょなく剣を振るった。


 その剣筋は、美しかった。


 洗練されていて、余計な力が入っていなくて、ただ生き残るために最適化された、実用の剣。


 僕のように、見た目ばかりを気にする人間には到底真似できない。あれは、訓練の積み重ねと、命のやり取りの中で得た本物の技術だった。


 ……そう、彼女は“本物”なのだ。


 誇りも、悲しみも、怒りも、きっと誰よりも真っ直ぐに抱えて生きてきた人。


 だから僕は惹かれる。美しいものが好きな僕が、彼女に目を奪われるのは当然のことだった。


 最初は、単なる気まぐれだった。


 どうせ一人で旅をしても、行くあてもない。ならば、少し気になるこの女と一緒に歩いてみるのも悪くない、と。


 だが今は違う。


 彼女が剣を振るう姿を見て、魔物の肉を焼く姿を見て、黙って焚き火の前に座るその横顔を見るたびに、僕の中の「美」という感覚がざわめく。


 彼女はボクとはまるで違う。


 自信家でもなければ、他人の評価を気にもしない。鏡なんて見ていない。けれど彼女には、内側から溢れるような“光”がある。


 泥にまみれ、戦いに疲れ、時には涙をこらえて、それでも歩くことをやめない。


 そんな彼女の姿に、僕はどうしようもなく惹かれている。


 あのとき僕が剣を差し出したのは、きっと運命だったのだ。


 美しさは、形じゃない。外見だけではない。――そう気づかせてくれたのが、彼女だった。


 もちろん、僕はナルシストだ。自分が一番好きだし、自分が世界で一番美しいと思っている。それは変わらない。


 でも、それでも。


 エリーゼという存在だけは、その価値観を揺るがす。


 彼女が隣にいると、僕の世界が少しだけ変わる。


 空が広くなって、風が柔らかくなって、火の温度が優しく感じられる。


 不思議だ。まるで僕まで“誰かのために生きていい”と思えるような、そんな錯覚に陥ってしまう。


 ――ただ一つ、気がかりがあるとすれば。


 彼女の目だ。時折、焚き火を見つめるその視線が、まるで過去を悔やんでいるようで、胸が痛くなる。


 その痛みがなんなのか、僕にはまだうまく言葉にできない。


 だけど、いつか彼女がその影を振り払って、心から笑ったとき。


 そのとき僕は、きっとこう思うだろう。


 「この旅に出て、よかった」と。


 美しい人はたくさんいる。けれど、魂まで美しい人には、なかなか出会えない。


 エリーゼは、間違いなくその一人だ。


 ……そして願わくば。


 そんな彼女の隣に、少しでも長くいられることを、僕は望まずにはいられない。



◆エリーゼからみたアリスターのナルシスト度◆


ナルシストのアリスターとは?



 ――本当に、なんなのこの人。


 エリーゼはため息をつきながら、金髪の青年――アリスターをちらりと見やった。


 水面に映る自分の顔を何度も確認し、髪の流れや襟の乱れを整えているその姿は、戦士というよりキラキラ王子様の肖像画そのものだった。否、本人はそのつもりなのだろう。だが彼女からすれば、それはただの「鏡を離せないナルシスト」にしか見えない。


(鏡がなくても、水面で顔を確認できるって発想、もう末期では……?)


 つい先ほど出会ったばかりなのに、エリーゼはすでにアリスターに対して、強烈な警戒と困惑、そしてほんの少しの諦念を覚えていた。


「エリーゼ君、どうだい。やはりボクのこの横顔、なかなか芸術的だろう?」


「……ええ、まあ、そうですね」


 精一杯の愛想笑いでかわす。


(うん、確かに美形。それは否定しない。ていうか、そこまで言うほど自分を客観的に美しいって思えるの、逆にすごい)


 しかし、エリーゼの内心は冷えきっていた。


 彼女がこの男と出会ったのは、森を抜けたすぐ先の小さな池のほとりだった。神秘的な雰囲気の水辺で、一人の青年がうっとりとした表情で池の中を見つめていた――珍しい魚か水生植物でもいるのかしらと、エリーゼは思った。だが、違った。見惚れていたのは池の中ではなく、自分自身だったのだ。


(「ボクの美しさに見惚れていたのだよ」って、普通初対面の相手に言う!?)


 その言葉を聞いたときの衝撃は、いまだに脳裏に焼き付いている。まさかこんなキャラクターが現れるとは思ってもいなかった。しかも、元王子らしい。


(……第一王子だった、らしいけど)


 その話を聞いたときも、思わず「だった?」と聞き返してしまった。すると、彼はとつとつと――いや、芝居がかった大仰な仕草で語り出した。


 曰く、自分は婚約者と弟に嫉妬され、陰謀に嵌められて玉座を追われたのだという。


「婚約者が心変わりして弟に走ったのさ。ボクがあまりに美しかったから嫉妬して……全ては美の呪いだね!」


(何その呪い、初耳すぎる……)


 どこまで本当なのか、あるいは彼の中では全て真実なのかすら分からない。


 ただ一つ確かなのは、アリスターが「自分の容姿と存在」に、異常なまでの誇りと自信を抱いていることだ。


「ボクと一緒に旅をしないかい?」


 その誘いを受けたとき、エリーゼは反射的に「考えておきますね!」と笑顔で答えた。


 嘘ではなかった。本当に考えてはいる。戦力として頼もしいなら、一緒に行動するのも悪くはない。だが――


(その前にこの人の性格、ついていけるかな……)


 黙っていれば絵になる男。それは間違いない。王子らしい気品も、見た目の整い方も、エリーゼからすれば「本物」だった。


 だが、それを台無しにしているのが本人の言動だ。


「ボクの髪、今朝の陽光で一段と金色が冴えて見えるんだ。やっぱり自然光が似合う顔立ちって、得だよね!」


 などと、まるで自己紹介の続きかのように話しかけてくる。


(知らんし。ていうか、あたし、今は剣を探す方が大事なんだけど)


 エリーゼは心の中で何度も突っ込んでいた。


 だが、不思議なことに――まったく嫌いにはなれなかった。


 アリスターの話は突飛だし、言動はしばしば面倒臭いし、自己評価は天井知らずだ。でも、それがどこか憎めない。イケメン特権だからなのか? いや、それだけではない。


(……ある意味、真っ直ぐなんだよね)


 嘘をついていない、というよりも、「自分の中の真実を全力で信じ切っている」タイプ。正直すぎるのだろう。


 だからこそ、彼の語る追放の話も、単なる被害妄想とは言い切れない。何かしら、政治的な思惑や宮廷内の力関係があったのかもしれない。


(それにしても……「流浪の美青年」って、自分で言う?)


 旅の仲間としては、やっぱり癖が強すぎる。でも、もし本当に剣も魔法も使えるなら、いざというときは頼りになるだろう。


 そして何より、こんな人物が一緒にいたら、退屈だけはしないはずだ。


「なあ、エリーゼ君。キミの瞳も綺麗だ。まるでルビーのような赤紫色だね。まるで、ボクと出会うために生まれてきたような――」


「はいはい、そこまで!」


 ついにエリーゼは声を張り上げた。


 驚いた様子のアリスターが目をぱちくりさせる。


「……さすがに、ちょっと、やりすぎです!」


「そ、そうかい? でもボクは、感じたことを言っただけなんだけど……」


 しょんぼりするその顔が、また少しだけ罪の意識をくすぐってくる。


 エリーゼは、軽くため息をついた。


「……少しずつでいいので、黙っている時間も覚えてください。そしたら、一緒に旅してもいいですから」


「本当かい? ああ、エリーゼ君……! キミはボクを救ってくれる、まさに運命の乙女……!」


「……いきなり台無しにしないで!」


 エリーゼは天を仰ぎながら、ようやく口元に笑みを浮かべた。


(まあ……少しくらいなら、うるさくてもいいかな)


 桃色の髪を風になびかせて、彼女は再び歩き出す。


 その隣では、金髪の元王子が、ひとり語り続けていた。


 ――自分の美しさと不遇な運命について。


 ……長い旅になりそうだ。



◆アリスターの弟ユリウス・テオドリックの回想◆


アリスターの弟、ユリウス・テオドリックの回想



 玉座の間に響いた王の宣告を聞きながら、ユリウス・テオドリックはその場に立ち尽くす兄の姿を見据えていた。兄アリスター──かつて、自分にとって越えられぬ壁であり続けた存在。


(ようやく……ようやく、この時が来た)


 唇の裏に浮かぶ笑みを、彼は必死に押し殺した。


 兄アリスターは、すべてにおいて優れていた。剣技、学問、そして何よりも周囲を惹きつける華やかさ。幼少の頃から、どれだけ努力しても追いつけないという現実が、ユリウスの心に深く影を落とし続けていた。


 父王の視線は、常に兄に注がれていた。母后ははきさきはユリウスを優しく抱きしめてくれたが、その瞳にはどこか哀れみの色が滲んでいた。妹のルシアは、兄に懐いていた。


「兄上のようになれなくても、お前にはお前の良さがある」


 そう言われるたびに、胸が苦しくなった。──兄のようにはなれない。それは、彼が王となるに足る器ではないということと、同義だった。


 アリスターが貴族たちの称賛を集め、次期国王としての道を歩む一方で、ユリウスはただその後ろを追い、影となるだけの存在だった。


(どれだけ、どれだけ兄上に……劣等感を抱いてきたことか)


 冷たい玉座の間の空気とは裏腹に、ユリウスの心の中では、長年燻ってくすぶっていた嫉妬と憎悪が燃え盛っていた。


 アイラとの婚約も、その象徴だった。ランヴェール家の令嬢──王妃候補としてふさわしく、容姿・教養ともに非の打ちどころのない女。そんな彼女に、ユリウスは心を奪われたこともある。


 だがアイラはアリスターを選び、そしてそのことすら当然のように受け入れられた。


(なぜだ。なぜ、何もかも兄上が手に入れる)


 ユリウスは、知らず拳を握り締めていた。


 だからこそ──彼は決意したのだ。兄の地位を奪い、そのすべてを覆すことを。


 時間をかけて根回しをし、アリスターの周囲の貴族たちを取り込み、証言を操作し、アイラに言葉を吹き込んだ。彼女は思った以上に従順で、かつ演技にも長けていた。──いや、それとも彼女自身にも、アリスターに対する不満や打算があったのかもしれない。


 何にせよ、すべては計画通りだった。あとは、兄が玉座の間で沈みゆくのを見届けるだけだ。


「……王位継承権を剥奪し、国外追放とする」


 父王の冷厳なる言葉に、玉座の間がざわめいた。


 ユリウスは、その様子を冷ややかな眼差しで眺める。


(これで、ようやく俺の時代が始まる)


 だが、そんな彼の心に、ふと刺すような痛みが走った。


 兄が玉座の間を去ろうとした、その背中──あの背中を、自分は幼いころから見続けてきた。


 憧れと、嫉妬と、そして劣等感。


 それらすべてが、今になって胸を締めつけてくる。


(……なぜ、まだこんな気持ちになる?)


 彼は自問する。


 自分は勝ったはずだ。兄を貶めおとし、追放し、道を切り開いた。それなのに、なぜ心が晴れない。


 その答えに気づくのは、もう少し先のことになるだろう。


 ──アリスター・テオドリックが、真に「脅威」となるその日までは。

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