第17話 雨とコーヒーとブラウスが

「うわ、やっば……」


「あー、降ってきたね」


 帰り道、突如として雷鳴が轟き、街路樹の葉を揺らす程の激しいスコール。

 空気は一気に冷えて、全身がじわじわと濡れていく。



「どこかで雨宿りでもする?」


 俺がそう声をかけると、隣で制服の袖を絞っていた七瀬がピタリと動きを止めた。


 そして、目を見開きながら言った。


「……現実で初めてそのセリフ聞いた。感動」


「いや、それ感動することか?」


「だって……漫画みたいじゃない?」


「いや、まぁ……そうかもだけど」


 雨宿りという行為一つにここまで目を輝かせられる人間、なかなか見ない。



「じゃあ、せっかくだし……」



 七瀬は少し顔を上げ、前髪のしずくをぬぐって言った。



「漫画っぽく、小洒落た喫茶店とか行ってみたい」


「いやそんな都合よく……」


 俺が言いかけたところで、七瀬がスマホをスッと取り出した。


「任せて。文明の利器、地図アプリ」


 


 ──5分後。


「ないね」


「ないな」



 予想通り、小洒落た喫茶店なんて存在しなかった。



「……しょうがない、あそこ行くか」


「ん、妥協も大事」



 俺は傘代わりのカバンを頭に載せ、通りの角にあるチェーンのコーヒーショップを指差した。



「なんか……呪文みたい」


 店内に入り、メニュー表を見て、七瀬が眉間にしわを寄せる。


「ラテ……マキアート? ショート、トール、グランデ……なにこれ。召喚魔法?」


「サイズの話な」


「むずい……神谷くん、注文して」


「おう、俺がやるよ。てか来るの初めてだったのか」


「クール系地味子はこんなとこ来ない」


「偏見がすぎる」



 俺が手慣れた様子で注文を済ませていると、七瀬は横でじっとこっちを見ていた。


 そして、ぽつり。



「リア充め……」


「なんで睨まれてんの、俺」


「慣れてる感、すごかった」


「そりゃまぁ、たまに来てるからな」


「いったいどこの女と? そいつ、許せない」


「男だよ。言わせんな」


「だと思った」


「コノヤロウ……」



 トレーを持って席に向かうと、店内は俺たちと同じように雨宿り目的の人たちで割と賑わっていた。

 俺たちは一番奥のテーブル席を確保し、ようやく落ち着く。



「はぁ……濡れた靴ってこんなに不快なんだな」


「ブレザーもびしょびしょ。乾くまで時間かかりそう」


 俺たちは濡れて少し冷えた体を温めるようにホットドリンクに口をつけ、テーブルに肘をついた。



 窓の外には、まだ止む気配のない雨。



「早く雨、止まねーかな……」



 俺がそうボヤいた時、



「あ……」



 七瀬の口から、小さく漏れる声。



「ん? どうした?」



 顔を向けると、七瀬はチラッと俺を見て、いたずらっぽく笑った。



「……見て、見て」


「え?」


 七瀬は、ブラウスの上に羽織っていたブレザーの前を少し開き、自分の胸元を指差した。



「濡れ透け」



 一瞬、時間が止まったような感覚。


 俺の視界に映ったのは、白いブラウスの下に透けて見える薄い紫色のブラ。ブラウスが張り付いていて、細かいレースや谷間までくっきりとわかる。



「う、うわっ!? おまっ……!」


「ふふ。ちょっと見てほしかっただけ」


「いや、何が“ちょっと”だ! あと“だけ”ってなんだよ!」


 俺が慌てて顔を背けると、七瀬はクスクスと肩を揺らす。


「だってこんなシチュエーション、漫画なら絶対ある。やらないわけにはいかない」


「現実だと俺が一番困るシーンだそれ……!」


「じゃあ困って?」


「十分困ってる!!」


「大成功」



 七瀬はブレザーの前をしっかりと閉めると、少しそっぽ向いてカップに口をつける。

 その頬は、ほんのり赤くなっていた。



「やっぱり、ちょっと恥ずかしかったかも……」


「もうやるなよ。少なくともこんな他に人がいる所ではさ」


「ん、そうする」



 雨音が店内に静かに響く中、俺たちはしばらく黙って、それぞれのカップを傾けていた。





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