第5話 『神格仕様統合ミーティング』
──高天原タワー・中層フロア、第六会議殿。
重厚な玉座型の神議席がずらりと並ぶこの部屋で、神々による技術仕様統合会議が始まった。
通称〈神格仕様統合ミーティング〉。
『始まりました! “神々による仕様会議”です! 人間界では絶対に見られない、祈願テクノロジーの真髄に迫る瞬間!』
《出席者は各部門の神格代表。営業、開発、広報、システム、人事、顧客対応、財務、全部署の神々が勢揃いです》
議長席にはアメノミナカヌシ。
会議の進行は静謐に、しかし確実に展開される。
月読命がまず立ち上がる。
「祈願APIの仕様について。現行バージョンでは粒子同期までに0.6秒の遅延が発生。これを解消するには全祈願端末にクロック統一を……」
その言葉を遮るように、須佐之男命が立ち上がった。
その目には戦場を見てきた技術者としての光が宿っていた。
「机上の話は結構だ。現場じゃ、1フレームの遅延が命取りになる。少なくとも、低電力時でもリアルタイム応答を維持できるよう、ローカルキャッシュと神格バッファの最適化を優先すべきだ」
『おおっと、営業本部長が噛みついた! いや、今回はただの現場主義ではありません! かなり高度な実装的視点からの意見です!』
《須佐之男命は表向きは武闘派でも、実は現場の神技術にも深く通じたエンジニア型神格なのです》
《ここで宇迦之御魂神が立ち上がります》
「……どちらも正しい。だが、信仰の“継続性”こそが本質だ。応答の速度ではなく、“祈った後にどう応えるか”の体験を重視すべきだと私は思います」
思金神が無言で資料を提示する。
「全祈願UIの神格応答ログ。速度と共鳴率には相関がある。神格別に最適化し、反応速度は個性として残すべきだ」
市杵島姫命が穏やかに補足する。
「つまり、祈った相手によって“神様の返し方”が変わる。それが“祈りUX”の多様性です」
《この一言で、場の空気が変わりました。技術的な最適化の話題から、“信仰体験”そのものへと議論の軸が移ったのです》
『これは“神の個性”が反映されるUX! システムの画一性と信仰の多様性が激突する会議になってきました!』
高御産巣日神が席を立ち、会場を見渡すように語る。
「人は、神の違いを感じることで、祈る意味を深める。すべてを同じ仕様にしては、心は動かない」
続いて、菊理媛命が静かに言葉を紡ぐ。
「……“祈りの形”は、クレームの形と似ている。応じ方に、想いを」
『刺さる一言……顧客共感室、さすがの重み!』
《議論は激しさを増していますが、全員の方向性は“祈りを未来へ届けること”。次第に議論は統合案へと絞られていきます》
そして、静かに天照大神が席を立った。
その凛とした姿に、場の空気が引き締まる。
「──よくぞ意見を交わした。今ここに、八百万の意志を束ねる時が来た」
静かだが、誰の耳にも澄み渡る声。
その一言で、議場の空気は確かに変わった。
混沌は調和へと転じ、すべての神々が耳を傾ける。
「信仰とは、人の数だけ存在する。そして神々の姿もまた、それに応じて異なるべきだ。ゆえに、次の仕様を採択する」
最終的に、天照大神の裁可のもとで提案された仕様案:
・神格別の応答スタイルは保持(個性)
・UI基盤は統一仕様(互換性)
・神晶体“イノガミ・コア”を各部署向けにカスタムモジュール展開
・すべての祈願に“祈りログ”を付加し、顧客対応の履歴と連動
『見事、方向性が決まりました! 絶対的カリスマ・天照大神のまとめにより、八百万社が一つに! この統合案が採択されれば、祈願OSの実装は一気に進むことに!』
《次回はいよいよ、初期フィールドテストの現場にカメラが向かいます》
〖信仰とUXの未来を担う最前線――“祈りOS”、人間界での初稼働〗
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