第4話 『祈りOSの起動準備』

 ──高天原タワー・神技術統合研究区画、通称「タカマガラボ」。


 神々の革新技術を統合する神界最高機密の施設。

 今、そのラボで“祈りOS”の核となるユニットが、静かに起動の時を迎えていた。


『いよいよ、神界技術の粋が結晶する瞬間です! 現代祈願を支えるコア・プログラム、その姿が明らかに!』


《本日は技術監修顧問・思金神と情報システム部長・月読命による合同実験。神格応答型OSの初期稼働テストです》


 研究フロアの中心、浮遊する純白の神晶体。その中心には、祈願信号変換装置「イノガミ・コア」が格納されていた。


「フェーズ1、祈願粒子解析開始」


 月読命の冷静な声が響くと、空間がわずかに波立ち、霧のように淡い祈念粒子が空中へと広がる。高密度の祈りが視覚化され、研究員たちは息を飲む。


「粒子反応、安定。ノイズ比率、基準値以下」

 端末を操作しながら、思金神が数値を確認する。

「“祈り”がノイズではなく、構造を持ち始めている」


『これは……祈願が、情報になりつつあるということか……! 祈りの再定義が始まっている!』


《従来、“信仰”は曖昧な情動であり、定量化不能とされてきました。しかし今、祈りは明確な意思の波として、数値に変換され始めています》


 ──ラボの奥。

 そこに静かに鎮座しているのは、祈願端末“カミデバイス”。

 市杵島姫命が設計したUI試作機であり、今日この瞬間、初めて神格と正式にリンクされる。


「これより、祈願文を送信します」


 市杵島姫命が静かに指を動かし、テスト用の短い祈りがイノガミ・コアに入力される。


 ──その瞬間。


 空間に波紋のような揺らぎが走り、白銀の光が神晶体を駆け抜ける。

 まるで祈りの声が、光になってラボ全体を包み込むようだった。


 神格からの応答を示す兆候が、端末のUI上に浮かび上がる。

 応答信号の値が最大値に達し、神格データの同期率が100%に固定された。


『来た……神が“応じた”瞬間だ!』


《これは……祈願が、“聞かれた”感触。UIと神格が完全に融合し、人の祈りに応えるインターフェースが初めて成立したのです》


 若手の研究神が思わずつぶやく。

「……いま、確かに“誰か”に触れられた気がしました」


「それが“神の手ざわり”です」

 市杵島姫命が微笑む。

「目に見えなくとも、祈りが届いたと確信できる感覚──それが、人にとって“神がそこにいる”という証拠になるのです」


 高御産巣日神はその言葉に静かに頷きながら言った。

「祈りが孤独でない世界。それがこの技術の目的だ」


 思金神がタブレットをスライドさせ、祈願反応の解析結果を示す。

「この感触を再現するには、神格固有の波長とUIデザインの完全な同期が不可欠。我々が進めてきた神格プロファイル統合技術の真価が問われるだろう」


 月読命が冷ややかに付け加える。

「祈願OSはまだ“動いた”だけにすぎない。本格実装には、各部門の仕様統一と信仰UXの最適化が必要だ」


 ──重々しい沈黙が流れる。


 しかし、確かな手応えがあった。

 目に見えない温度。

 言葉にできない確信。

 祈ったとき、“そこに在る”と感じられる何か。


『これで祈りOSの中核が整った! あとは各部門との連携だ!』


《次回、各部署で巻き起こる“祈願仕様”の衝突と、実装に向けた最大の山場が到来します》


〖その名も――“神格仕様統合ミーティング”、開幕〗

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