第22話 永遠の誓いと魔法の終焉-3
大学を卒業し、社会人として働き始めて数ヶ月が経った。悠斗と葵は、それぞれの職場で多忙な日々を送っていたが、二人の関係は、現実での真の結合を経て、揺るぎない確かなものとなっていた。そして、ついに新居を構えることになった。都心から少し離れた、穏やかな住宅街に立つマンションの一室。窓からは、新しい生活の始まりを祝福するかのように、柔らかな陽光が差し込んでいた。
新居への引っ越し作業が始まった。運び込まれた段ボールの山がリビングを埋め尽くし、部屋中が騒然としている。それでも、悠斗と葵は、互いに協力し合い、一つ一つの荷物を丁寧に片付けていった。共同作業を通じて、結婚生活への期待と、夫婦としての絆を深めていくのを感じた。悠斗が重い段ボールを持ち上げると、葵が横から「無理しないでね」と声をかけ、汗を拭うタオルを差し出してくれた。そのささやかな気遣いが、悠斗の心を温かく満たした。
悠斗が大学時代に使っていた机の引き出しを整理していると、奥の方にしまい込まれていた、あの小さな包みが指先に触れた。埃をかぶったそれを手に取ると、透明な輝きが埃の合間から覗く。水晶のお守りだ。
「あ、これ……!」
悠斗が懐かしみながら呟くと、葵が隣で、その輝きに気づいたようだった。彼女は手を止め、悠斗が手にしているお守りに目を細めた。懐かしそうに、まるで遠い記憶を辿るかのような眼差しだ。
「まだ持ってたんだね」
葵が優しく微笑み、そっと悠斗の手からお守りを受け取ろうと、白い指を伸ばす。悠斗の手から葵の手に、お守りが渡される、その瞬間だった。
お守りは、二人の指が触れた途端、まるで内側から光を放つかのように、パッと明るく輝き始めた。その輝きは、まるで小さな太陽が手のひらに宿ったかのようだった 。室内の段ボールの影が、その光によってくっきりと浮かび上がる。二人は驚きに目を見張り、瞬きもせずにその光を見つめた。その輝きは、彼らの心臓の鼓動と共鳴し、部屋全体に温かい光を満たした。
そして、お守りは、役目を終えたというように、音もなく、二人の目の前ではじけて、まるで淡い光の粒子となって、互いの体の中に吸い込まれるように消えていった 。それは、消滅というよりも、溶け込んでいくような、温かく、そして不思議な感覚だった。光が完全に消え去ると、そこには何も残らなかった。手のひらには、ひんやりとした余韻だけが、まるで夢の残像のように残されている。
二人は顔を見合わせた。言葉は必要なかった。
悠斗の脳裏には、あの高校の図書室での出会いから、夜毎見た夢の記憶が走馬灯のように駆け巡った。夢の中で、葵と恋に落ち、手を繋ぎ、抱きしめ合い、そして肌を許し合った日々。現実ではキス以上の関係にはならなかったけれど、夢の中でのあの甘く、濃密な時間は、確かに彼らを深く繋ぎ止めていた。それは、現実の喧騒や受験のストレスから二人を守り、互いへの愛を育むための、秘密の場所だったのだ。
「これ、私たちの……」
葵が、震える声で呟いた。その瞳には、感動と、そして微かな寂しさが入り混じっていた。
「ああ。きっと、縁結びのお守りだったんだな」
悠斗は、消え去ったお守りのあった場所を、名残惜しむように指でなぞった。
二人は悟った。あの水晶のお守りは、幼い頃に偶然出会い、すれ違い、そして再び巡り合った二人の縁を、目に見えない力で結びつけるための、特別な魔法のアイテムだったのだ。そして、それが消えた今、二人の縁は、もはや外的な力に頼る必要がないほど、深く、確かなものになったのだと。お守りが果たした役割は、単なる縁結びだけではなかった。それは、二人の心を結びつけ、身体の奥深くで互いを求め合う関係を育み、現実での愛を確かなものにするための、奇跡の媒介だったのだ。
その夜から、悠斗の見る夢は、以前のような刺激的なものではなくなった。夜毎、彼を狂おしいほどの快感と一体感に誘い込んだ夢は、静かに、そして穏やかな日常の続きへと姿を変えた。葵とただ寄り添って眠り、共に朝を迎え、食卓を囲む。ささやかな幸福に満ちた、温かい夢。夢の役割が、現実の二人の関係へと完全に移行したことを、悠斗は肌で感じていた。毎朝、彼を襲っていた寝汗や動悸、下着の痕跡も、次第に顕著ではなくなっていった。まるで、お守りが消えたことで、夢の持つ特殊な力も、その役目を終えたかのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます