第21話 覚悟と出発


「マサト様! ご無事ですか!?」


 闇に紛れて屋敷に戻ると、シルヴィアが屋敷のメイドたちを引き連れて心配そうに俺たちを待っていた。


「あぁ、無事だ。メイドさんもね」


 シルヴィアは俺の背中に隠れるように震えるメイドの姿を見ると、その表情を凍らせた。

 恐る恐る、ガラス細工に触れるようにやさしく尋ねる。


「貴女も、無事……だったのですか?」


 メイドは顔を伏せ、こくりと頷く。


「ギリギリだったけど間に合ったよ」


 俺もフォローする。


「そうですか……良かった」


 シルヴィアがホッと胸をなでおろす。

 そしてメイドの子を抱き寄せた。


「もう大丈夫ですからね」


 普段は見せないやさしい表情だった。

 クールに見えるがちゃんと優しいメイド長なんだな。


「それから、こいつらをしばらく監禁したい」


 ――ドサッドサッ!


 騎士たちを屋敷の中へと放り投げる。

 イナズマにサポートしてもらえばデスクワークでなまった体でも楽に運べた。


「顔を見られてるから、エルン村を取り戻すまではおとなしくしてもらいたい」


 騎士たちを見た瞬間、シルヴィアの顔から一切の感情が消え去った。


 騎士たちはパンツ一枚の姿だ。

 甲冑はイナズマに運ばせている。


「この甲冑は使い道がありそうだから保管しておいてほしい」 


「かしこまりました……監禁、でございますね。もちろん、喜んで」


 一切の感情を見せないまま言う。

 氷よりも冷たい言葉にゾッとした。


「みんな、そこの者たちを地下の物置へ。然るべきオシオキが必要ですから」


 シルヴィアの冷たい声に、メイドたちが無言で頷く。

 彼女たちの目には、怒りの炎が燃え盛っていた。


 未遂だったとはいえ、自分たちの仲間が辱めを受けかけたのだ。

 その怒りは当然だろうな。


「うっ……?」


「ここは……?」


 騎士たちが意識を取り戻したらしく、うめき声を上げる。

 だが、メイドたちは容赦なかった。


 縄でグルグル巻きにしてズルズルと引っ張っていく。


「おい、なんだコレ!? なんなんだよテメェらは!?!?」


「お、俺たちはラヴォルス騎士団だぞ!? 覚えとけよ……!! 絶対に後悔させてやるからなぁ……!!」


 そんな捨て台詞も虚しく、騎士たちはあっという間に地下の物置へと引きずられていく。


 あれだけ痛めつけたのに、タフなヤツらだ。

 だが、もう終わりだな。


 ――バタン!


 扉が閉まる音と共に、地下から「ひ、ひぃぃぃっ!」「やめろぉぉぉっ!」という、情けない悲鳴が響いてきた。


「よくもやってくれましたわねぇ、ゴミ虫さんたち??」

「このクソ野郎どもっ!! キモい!!」

「ウチらの可愛い妹分に手ぇ出しやがって……地獄を見せてやる!」

「裸にして縛り上げましょう! 逆さ吊りにしますわ!」

「塩と唐辛子! ありったけ持ってきて!!」

「うふふ、指の一本や二本や十本……使えなくなっても文句は言えませんわよね? 指以外の大事なモノも……」


 普段は上品なメイドたちの口から、耳を疑うような罵声が聞こえてくる。


 俺は思わず顔を引きつらせた。


 だが、先に手を出そうとしたのはアイツらだからな。

 二度と悪事をしないように、彼女たちに躾けてもらうとしよう。


 ……徹底的に、な。


 俺は目立たないために早めに切り上げたが……ここからは時間無制限なんだから。



 ◆ ◆ ◆



「これはこれは、ミリアンナお嬢さま」


 翌朝、俺とミリアはグラン・ノーラに会いに来た。


 扉を叩くと、前回と同じように飄々とした様子のグラン・ノーラが俺たちを出迎えた。


「こんな朝早くから、何か用かい?」


 グラン・ノーラはにこやかに笑うが、その目には全てを見透かすような光が宿っている。


「昨日、屋敷のメイドが騎士に襲われました。マサト様が助けてくださいましたけど」


「まぁ、今のこの村は治安が終わってるねぇ。ひどい村だよ……だけど、住まわせてもらってる立場だ。文句だって言えないし、騒ぎを起こすわけにもいかない」


 グラン・ノーラがミリアをたしなめるように言う。


 ミリアは一度、深呼吸をしてから、覚悟を決めたようにハッキリとした声で告げた。


「グラン・ノーラ、私たちはエルン村に帰ります」


 一瞬、ピクリとグラン・ノーラの眉が跳ねる。


「デーモンだらけの村にかい?」


「いいえ、デーモンなんていませんでした」


「……森へ入ったのかい? まったく……」


 グラン・ノーラは呆れたように言うが、どこかそうなると分かっていたみたいな、そんな感じもした。


「村は普通じゃない……良く分からないが、何か不気味な異変が起きている」


 俺はエルン村の異常なまでの静けさ、そして修復された建物について説明した。

 ミリアも悔しそうに拳を握りしめながら、自身の故郷の異変を語る。


「何が起こっているのか知らないが、村にデーモンがいなくても、森はデーモンだらけだろう。もう人が生活できる場所じゃないんだよ」


「でも、それでも……! これ以上、もう我慢はできません。私の可愛い妹たちに被害が及ぶなら、私は戦います」


 もう、我慢の限界だった。

 これ以上は黙っていられない。


 騎士たちの横暴を受け入れるのがこの村のやり方なら文句は言わない。

 だけど、俺たちは出ていく。


「森のデーモンを一匹残らず駆逐して、元のエルン村を取り戻します」


「俺も手伝う。村に何かが起きているなら、それをこの目で確かめて、そして解決すれば良い。もし、それを邪魔する者がいるなら……デーモンだろうと騎士団であろうと、誰であろうと容赦はしないさ」


 俺の言葉に、グラン・ノーラの表情から笑みが消えた。

 代わりに、その瞳に静かな光が宿る。


「……いよいよ、覚悟を決めてしまったみたいだね。何を言ってもムダって顔だよ、二人とも」


 グラン・ノーラは、俺の目を真っ直ぐに見返した。


「好きにしたら良いさ。もう私が口をはさむことじゃない」


「だから、もし私たちを信じてくれるなら……村のみんなも用意をしていてほしい。私たちのせいでここにいられなくなるかもしれないから」


「余計なお世話だよ。自分たちのことは自分たちで何とかするさ」


「……わかりました。話はそれだけです」


 そう言って、ミリアは小さく頭を下げると、もう何も言わなかった。


 屋敷へ戻る間、ミリアはどこか寂しそうな表情だった。


 ミリアは最後までグラン・ノーラを信じていたのだろう。

 エルン村の戦士として。


 一緒に戦うとは言ってくれなかったことに、寂しさを感じているようだ。


「ミリア」


「どうしました、マサト様?」


「絶対に取り戻そう。俺たちの力で」


「はいっ!」


 だったら、その分まで俺がサポートしてやるだけだ。


 やっと少しだけ笑顔になったミリアの表情に、俺は静かに決意を改めた。



 ◆ ◆ ◆



 マサトたちが去った後、グラン・ノーラの家。


 村長代理であるグラン・ノーラは一人、庭に立って青空を見上げた。


「やれやれ……やはりあの人はアナタ様の孫ですよ」


 グラン・ノーラの脳裏に、今は亡きかつての主の面影がよぎる。

 その無鉄砲さも、一度決めたら譲らない頑固さも、なぜか人を惹きつけるカリスマ性も、そして何よりも……仲間を守ろうとする強い覚悟も、すべてがそっくりだった。


「この老いぼれに、まだできることがあるとすれば……」


 グラン・ノーラは、静かに目を閉じた。


 その時、家の門がギィと音を立てて開いた。


 グラン・ノーラが目を開けると、そこには農具を武器代わりに手にした年老いた村人たちの姿があった。


「アンタたち……盗み聞きとは趣味が悪いねぇ」


 茶化したつもりだが、老人たちの表情はまじめなままだ。


「向かったんだろう?」


「ミリアンナ様はエルン村に」


「グラン・ノーラ」


 老人たちが力強い声でグラン・ノーラの名を呼ぶ。


 その目は戦いを忘れた老人たちの目ではない。

 そこに宿る懐かしい光に、グラン・ノーラはため息を吐いた。


「……まったく。結局、似たもの同士だね、アタシらは……」


 グラン・ノーラの口元に、微かな笑みが浮かぶ。


「覚悟、決めようか」

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