第4話【ぶち抜いたワンルームでの生活】4


「映画鑑賞といえばなんでしょう?」


 康平から投げかけれた問題。

 日奈の頭上に疑問符が浮かぶ。


「映画を観るのに必要なもの?」


「そう。何が思いつく?」


 悩んでいる日奈を見て、楽しそうな表情をする康平。

 彼の手にはフライパンがあり、逆の手には乾いたトウモロコシが入っている袋がある。

 康平はそれを日奈に見せるように掲げると、そのヒントで閃いたのだろう。


「……ポップコーン?」

 

 自信なさげにそう言った日奈だが、それに対して康平はニコっとした笑みを一つ浮かべると、


「正解!」


 日奈はピョンピョンと飛び跳ねて見せた。


「確かに映画といったらポップコーンだね!」


「そそ。映画のお供にポップコーンは定番だからね」


 康平は日奈に少し離れるように促すと早速、油を熱したフライパンにトウモロコシを入れ加熱させる。

 

「私、ポップコーンを作ってるところ初めて見るよ」


「そうなの?」


「うん。手作りすることなんてないし、買うにしても、スーパーとかに売ってる既製品で済ませちゃうから」


 日奈は過熱したことで、少しずつ黄色から白に変色していくトウモロコシを興味深そうに眺める。


「そもそもポップコーンって普段、あんまり食べないよね」


「それはそうかも。それこそ映画とか観るときに買うってイメージがあるから、特別なお菓子って感じがあるんだろうね」


「ね。だから新鮮」


 そんな会話をしながら、康平はヘラでトウモロコシに均等に熱が入るように炒め、日奈はその様子を観察するように、フライパンの中を覗き込んでいた。


「よし、それじゃ……そろそろかな」


 全体的に豆が白っぽくなったことを確認した康平は、一部が耐熱ガラスでできていて、中身が見えるようになっている蓋をフライパンに被せる。

 すると、パンパンという破裂音がワンルームに響き始めた。


「――うおっ!」


 突然響いた音に驚いた日奈は、素早く後ろに下がると、康平の背中を盾にするように隠れる。

 その様子を見て、微笑ましい気持ちになる康平。

 

「この音、ビックリするよね」


「うん。ビックリした。でも……この音こそがポップコーンって感じがするね」


 変わらず康平の後ろに隠れている日奈は、恐る恐るといった様子で、トウモロコシが弾ける様子を見ようと頑張る。

 しかし――


「いつ爆発するか分からないから怖いね」


 ホラーを含め基本的にビビりな日奈は、コンロに近づくことができずにいた。

 

「あんまり無理はしない方がいいよ」


 康平は蓋をした状態で火から離し、同時に日奈からも距離を取る。

 そしてフライパンを揺らすと、本格的に豆が弾け始めた。


 これまで単発で鳴っていたパンパンという音が連続して響く。


「おぉー」


 日奈は少し離れた位置から楽しそうにその様子を眺めると、関心するような声を出した。


「あと少しで完成だよ」


「もしかして、熱々なの食べれる?」


「うん。出来立てのやつ食べられるよ」


 乾燥したトウモロコシのほとんどが、ポップコーンになったことを目視で確認した康平は蓋を開ける。

 すると、これまで微かに漂っていた香ばしい匂いが部屋全体に広がった。


「さて、お客さん。塩とキャラメルどちらにしますか?」


 康平は映画館にある売店の店員、あるいはテーマパークのキャストのような口調でお客さん――日奈にそう尋ねる。

 すると、


「キャラメル!」


 元気よく注文する日奈。

 康平は「かしこまりました」と一つお辞儀をすると、出来立てのポップコーンをボールに移し、フライパンを一度拭く。

 そして、そのフライパンに砂糖と牛乳、バターを入れ、茶色になるまで煮詰める。

 最後に完成したキャラメルにポップコーンを混ぜると、康平お手製のキャラメルポップコーンの出来上がりだ。


「入れ物はどうする!? 菓子器かしき出す!?」


 今すぐにでも食べたいのだろう。

 お手伝いを申し出る日奈。 

 それに対して康平はニヤリと口角を上げ、棚をゴソゴソと漁る。

 そして、とあるものを取り出すと、


「いや、今日はこれを使おう」


「あ! 映画館で見るやつ!」


 康平が取り出したもの。

 それは、ポップコーンを提供するときに使われる、紙の容器――ポップコーンバケットだった。


「ポップコーンの素を買ったときに、一緒に買ったんだよね」


 康平はポップコーンバケットの封を開けると、素早く組み立てる。

 そして、そこに出来立てのポップコーンを入れると、パチパチと拍手する日奈。


「それを使うと雰囲気出るね!」


「そうだね~、なんとなくで買ってみたけど、正解だったよ」


 嬉しそうにしている日奈を見て、康平は心底思う。


(準備しておいて良かった!)


 ――と。


 家の中に映画館を作るだけじゃ足りない。

 どうせするなら、細部まで――ポップコーンの容器までこだわる。

 それが甘崎康平という男なのだった。


「ポップコーンが冷める前に映画を観ようか」


「うん!」


 ワンルームの一角に設けられた映画館。

 康平と日奈は、お手製のポップコーンを抱え、ドリンクフォルダーがついている一人用のシートに腰かけると、夜が更ける中、映画鑑賞を楽しむのだった。

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