第5話【イルミネーションを作ろう】1
冬の寒さが徐々に和らぎ、少しずつ暖かくなってきた三月初頭のとある日。
「この前、友達とイルミネーション見てきたんですよね」
甘崎書店でバイトしている女子高生、
綾花は近くの学校に通う高校二年生で、黒髪を後ろで括ったポニーテールと、優しげな目元と顔つきが特徴的な女の子で、可愛いか、綺麗かで言えば、100対0で可愛いに振り切った女の子だった。
「イルミネーション? まだやってるところなんてあるの?」
イルミネーションといえば冬というイメージがあった康平はレジを締めながら、店内の清掃をしていた綾花にそう聞き返す。
すると綾花は康平に寄ってきてスマホを取り出し、数枚の写真を見せてきた。
「千葉なんですけど、そこは春先までやってて」
「へぇ~、って結構遠いね。電車?」
「いや、親の車で行ってきました。めちゃくちゃ綺麗でしたよ」
「そっか。でも、この季節だったら夜もあんまり寒くないだろうし、気軽に楽しめるかもね」
康平は東京のけやき坂で見たイルミネーションを思い出す。
タクシーから見ただけだったが、それでも圧倒されるほど綺麗だったことを覚えていた。
「甘崎さんは彼女さんとそういうところ、あんまり行かないんですか?」
「うん。人が多いのは好きじゃないし」
それっぽい言い訳をする康平。
本当は、”人が多いのが好きじゃない”のではなく、そもそも”家から出ること自体が嫌”というのが正解なのだが、ここで日奈の説明をするのは違うと康平は判断し、会話を続けた。
「勿体無い! せっかく車もあるんですし、行ってきたらどうですか? きっと彼女さんも喜びますよ?」
「そうかな?」
適当に相槌を打つ康平。
その様子、傍から見たら興味が無さそうに映るだろう。
しかし、彼の脳内では夜空の下、楽しそうにイルミネーションを眺めている日奈を想像……いや、妄想していて――
寒いね。
綺麗だね。
なんてことを言いながら手を繋いで歩いている。
そんな光景が康平の脳裏には浮かんでいたのだった。
「あのー、甘崎さん?」
「ああ、ごめん。ちょっとボーっとしてた」
「大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫、大丈夫。でも……そうだね、行くとしても来年かな」
「彼女さんへのサービスは沢山した方が良いと思いますよ? いくら甘崎さんとはいえ、デートとかをおざなりにしてると、冷められちゃうかもですし」
綾花の言葉にピクリと反応する康平。
「そうだね。近いうちに何かしらに誘ってみるよ。ありがとう」
そう言いながらも、内心ではバクバクと心臓を高鳴らせていた。
(捨てられる……? 日奈が俺を……? え、嫌だ。イルミネーションを一緒に見なきゃ……)
それはなんとも極端な思考だった。
イルミネーションを一緒に見なくても、まず振られることはないし、そもそもイルミネーションにこだわる必要は全くの皆無なのだが……それに気付かない康平。
普段はまともな康平だが、日奈が絡むと途端におかしくなってしまう。
恋は盲目とはよく言ったものである。
「それじゃ掃除も終わったんで、私は失礼しますね。お疲れ様でした」
「うん、お疲れ様」
バックヤードで荷物を回収し、書店から出ていく綾花を見送った康平。
それはいつも通りの光景だった。
しかし、彼の心はいつも通りなどでは決してなくて――
(こうしちゃいられない! 早く仕事を終わらせて、準備をしないと!)
日奈とイルミネーションを見る。
それだけを考えて、康平は自分の仕事に取り組むのだった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
仕事を終わらせ店を閉めた康平は、職場からほど近いホームセンターにいた。
三月なだけあって、新生活のコーナーやお花見グッズが並ぶ中、康平は爆速でカートを押し、動き回る。
LEDライト、接着剤、骨組み用の針金。
それらを片っ端から籠に入れていく。
傍から見れば、業者の買い物にしか映らない。
しかし、実のところ彼の職業は本屋であり、これらは全て愛する彼女のため――もとい自分が捨てられないためだということは誰も知らなかった。
値段なんて見ない、会計なんて知らない。
彼は愛の戦士。
康平は必要なものを籠に入れ終わると、レジに向かった。
お会計、二万五千円プラス税。
いくら本屋のオーナーだからといっても安い出費ではない。
しかし、彼には東京で蓄えた貯金があった。
日奈にイルミネーションを見せるため、そして自分が捨てられないための投資。
ここは男を見せるべきだろう。
「領収書はどちら宛にしますか?」
黒髪を伸ばしたレジのお姉さんはそう言うと、領収書の準備を始めていた。
それもそのはずで、購入した物のレパートリーはどう見ても業者のものだったからである。
「いえ、結構です! プライベートで使うものなので!」
「あ、はい……分かりました」
訝しむような視線が康平に突き刺さる――が、関係ない。
愛の戦士は無敵なのだ。
「……ありがとうございました」
康平の勢いに、ただただ苦笑いを浮かべるレジのお姉さん。
これが彼女――
そんな出会いもありつつ、必要なものを買い揃えた康平は、急いで家に帰っていた。
家に帰っても食事の準備や家事が残っている。
どれだけ効率良く動いたとしても、ゆっくりしている時間はない。
康平は家に着くなり、車の後部座席に積んでいたレジ袋を持ち、玄関を開ける。
すると、そこにはいつも通り日奈が出迎えてくれていた。
「おかえりなさい」
「ただいま! ってごめんね、ちょっとどいてね」
康平は日奈に少し場所を開けてもらい、家に入る。
そして、広々としたワンルームを見渡した。
家具に対して、空いているスペースが多いことは一目瞭然だった。
(あそこなら設置できるかな?)
なんて、頭の中で構想を練っていると、背中にひっついてくるのは日奈。
「どうしたの? それ、何?」
日奈は康平が持っているレジ袋に目をやる。
食材じゃないことは見れば分かるが、イルミネーション用のLEDライトなんて代物を見たことがなかった日奈は頭上に疑問符を浮かべた。
「今日はイルミネーションを作って一緒に見よう!」
「ん? イルミネーション?」
日奈の疑問にそう答えた康平。
しかしその解答は、既に日奈の頭上に浮かんでいた疑問符の数を増すだけなのであった。
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