第3話【ぶち抜いたワンルームでの生活】3
康平渾身の中華料理を食べた二人は、五人掛けのL字ソファーでのんびりとした食後の時間を過ごしていた。
「やっぱり手作りって難しいな」
そう言った康平は、隣で同じようにリラックスした様子を見せていた日奈を見ると、苦笑いを浮かべる。
「そう? 美味しかったと思うけど」
「あ、うん。そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどね。やっぱり店の味と比べたら、まだまだって思っちゃうよ」
「そうかなぁ? って、私、ちゃんとした中華料理屋に行ったことないんだけど……でも、本当に美味しかったよ」
日奈は康平の肩に頭を預けると、そんな嬉しいことを言ってくれる。
(今日も今日とて日奈が可愛い! 天使! 天使がいるぅ!!!)
心の中で狂喜乱舞。
脳内の康平は、ズンチャ、ズンチャという音に乗り、左右に揺れて踊っていた。
しかし、それを決して表には出さない。
男たるもの……なんてことを言うつもりは微塵もないが、できるだけ彼女には良いところを見て欲しいと、康平は思っていたのだ。
「次はもっと美味しいの作るから、楽しみにしててね」
そう言って気取って見せる康平。
隣にいる日奈からの視線を計算し、表情から顔の角度まで調整して、精一杯、格好つけたのだが――
「うん! 楽しみにしてるね!」
弾けんばかりの満面の笑みを浮かべた日奈。
すると崩れるのは康平の気取った表情で……
あまりに無力だった。
作り物では天然に対抗なんてできるはずがなかった。
(そんなんズルじゃん! それはダメじゃん! めちゃくちゃ可愛いじゃん!)
心の許容量は限界を突破し、ダムが決壊したかのように一気に感情が押し寄せてくると、康平は両手で顔を抑えて天井を仰ぐ。
すると、それに追い打ちをかけるように日奈は、
「コウくん?」
キョトンとした顔で首を傾げた。
そんな姿が抑えた手の隙間からチラっと見えると……
(う゛あぁぁぁーーーーーー!!!)
なんかもう……ダメだった。
「ちょ、ちょっと飲み物取ってくる……」
康平はフラフラとおぼつかない足取りで、逃げるようにキッチンに向かう。
そして、コップに飲み物を注ぎながら、落ち着くために呼吸を繰り返した。
――甘崎康平。
彼を知る者は口を揃えて言う。
仕事ができて、コミュニケーション能力が高くて、接しやすい、優秀な好青年だと。
しかし、今の康平にそんな面影は皆無で……。
元々、そういう素質は持っていた。
何かに夢中になると、それしか見えなくなる。
それは、幼少の頃からずっとそうだった。
だからこそ、誰よりも仕事にコミットし、結果を出すことができた。
それこそ体を壊してしまうほどに、康平は仕事にのめり込んでいたのだ。
そして、その素質は今、小森日奈という恋人に向いていて――
「コウくん~、映画観たい!」
そんな声がソファーの方から聞こえた。
日奈の可愛い仕草でほころんでいた顔がさらに緩んだのが分かった。
康平はその声に応えるように日奈の元に戻ると、中身の入ったコップをソファーの前にあったローテーブルに置く。
そして、
「準備するね」
一言、そう言い残してワンルームのとある一角へ。
康平が夢中になっている彼女――小森日奈は、外に出ることを極端に嫌う引きこもりだった。
一緒に買い物も行けなければ、デートだって行けない。
外に出ないのだから、それは当然のことで、仕方のないこと。
康平が日奈にしてあげられることは限られているのだ。
しかし、康平には自由に使えるワンルームがあった。
それも、壁をぶち抜いたことで、広い空間を確保した特別なワンルームである。
その場所は日奈をもてなすには、申し分ない場所で――
デートに行けないのなら、家の中でデートすればいい。
それも普通のお家デートではなく、目指すのは、特別なワンルームを存分に使っての、究極のお家デート。
その思考に辿り着いてしまった康平。
誰も彼を止めることはできなくて――
康平はつい先日購入し、設置を終えたばかりのプロジェクターの準備を始めた。
それは一般家庭では滅多に使われない、天井吊り下げ式の本格的な機種だった。
スクリーンを広げ、電源を入れて映像を投影する。
そして、ドリンクホルダーが付いている座り心地の良い一人掛けソファの角度を調整すれば、その空間はまさに”映画館”。
映画が好きだという日奈を喜ばせるために、康平は家の中に映画館を作り上げたのだった。
そして、映画館といえば忘れてはいけないものがある。
諸々の準備を終えた康平はキッチンに向かうと、棚からフライパンと乾いたトウモロコシが入った小ぶりの袋を取り出す。
「日奈、ちょっとこっち来て」
康平はソファーでくつろいでいた日奈を呼ぶ。
そして、トコトコと歩いてきた彼女に、ニヤリとした笑みを浮かべると、
「映画鑑賞といえばなんでしょう?」
そう言って、手にしたフライパンをひょいと掲げてみせるのだった。
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