第9話元雑用係、試験に合格する

「き、金髪……幼女!? いや、いやいや……!」

思わず声が裏返った。場の空気が一瞬止まる。


セナは頬をぷくっと膨らませ、今にも噛みつきそうな目でこちらを睨んだ。

「い、今! 幼女と言ったな! 妾の最大のコンプレックスを、堂々と……!」


怒っているのか、泣き出しそうなのか。読み取れないその表情に、私は内心で頭を抱えた。

(……本当の姿なんて、見せなくてもよかったのに)


すると、会話を聞いていた受付嬢が慌てて割って入った。

「セナさんはこんな見た目ですけど、実力はすごいんですからね!」

胸を張って断言する姿は頼もしい……というより、完全にセナ推しのファンにしか見えない。正直、説得力はゼロだった。


「では、試験を始めようか」

セナの声が低く響いた。ふざけていた表情は消え去り、その小さな瞳に鋭い光が宿る。

思わず背筋が伸びる。


「はい……わかりました」

私は落ち着いた声を装って返事をしたが、手のひらには冷たい汗が滲んでいた。


――試験会場は、森の奥にある廃墟の闘技場。


歩を進めるほどに新緑は深くなり、光は遮られ、空気は重苦しくなる。

やがて鳥のさえずりも止み、不気味な静寂が降りてきた。

そのとき、セナがぴたりと足を止める。


「っ……何ですか、急に止まって」

苛立ち混じりに声をかけると、セナは口に人差し指を当てた。

その視線の先を覗き込むと――そこにいたのは、血塗れの爪を持つ《ブラッティベア》だった。


「……嘘だろ」

私は息を呑む。分厚い毛皮と鋼のような爪。並の冒険者なら数人がかりでも返り討ちに遭う。

「なんでこんな場所に……」小声で囁くと、セナは淡々と返した。

「わからない」


その一言で、余計に背筋が冷たくなる。


「私が倒してくる。そこで待ってろ」

「で、でも……!」

「大丈夫。これくらい、慣れておる」


そう言い残すや否や、セナは茂みを蹴って飛び出した。


瞬間、空気が震えた。

光の矢が放たれ、ブラッティベアの片目を焼き潰す。

巨体が怒声を上げた瞬間、氷の槍が関節に突き刺さり、膝が砕けた。

魔力の奔流に押し流され、獣は地に叩き伏せられる。


わずか数十秒。そこには動かなくなった巨体だけが横たわっていた。

言葉が出ない。息を呑むことすら忘れて、私はその戦いの美しさに見惚れていた。


「どうじゃ! 妾、強いじゃろ!」

セナが胸を張って駆け寄ってくる。小さな身体に似合わぬ誇らしげな笑顔。


「……はい。認めざるを得ません」

私は先ほどの失言を取り消したいほど、顔が熱くなるのを感じた。


「でも……私、これからセナさんと戦うんですよね?」

「決まっておるだろ。そのために来たのじゃ」

「ぜ、絶対勝てないですよ……」


情けなく呟く私に、セナはケラケラ笑って言った。

「今回、戦う理由は単純じゃ。――暇だからじゃ」


「……は?」

耳を疑った。いや、そんな理由で命がけの試験を……?


森を抜けると、そこには崩れかけた石造りの円形闘技場が姿を現した。

苔むした観客席、ひび割れた床。だが、そこには確かに「戦いの舞台」としての気配が残っていた。


セナは中心に立ち、振り返って言う。

「ここが試験会場じゃ。……準備はできたか?」

「……はい」

私は剣の柄を強く握りしめる。心臓はうるさいほどに脈打っていた。


「では、始めようか」

セナが指を鳴らした瞬間、空気が張り詰める。


次の瞬間――風が爆ぜた。

小さな体から放たれるとは思えない速度で、セナの魔法が襲いかかる。

炎の矢、氷の刃、雷の閃光。次々と放たれる模写魔法を、私は必死に剣で弾き、転がり、避け続けた。


「はぁっ……!」

隙を突いて一気に間合いを詰め、剣を振り下ろす。

だが、セナは軽やかに飛び退き、反撃の風刃が私の頬をかすめた。


(速い……!)


互いの攻防は何十合と続いた。

石畳が砕け、砂埃が舞い、息は荒く、視界は霞む。

それでも私は剣を振るい続けた。


「まだ立つか……!」

セナの息も荒い。額には汗が流れ、魔力の光も揺らいでいた。


――勝負は、あと一撃。


「これで決める!」

私は渾身の力で突きを放った。

同時に、セナも最後の魔法を解き放つ。


光と影が交錯し、轟音が闘技場を揺るがす。


……そして。


気づけば、私は地面に倒れていた。

剣は手から滑り落ち、視界の端にセナの小さな影が立っている。


「惜しかったな」

セナは肩で息をしながらも、どこか楽しげに笑っていた。

その小さな身体も膝を震わせ、今にも倒れそうだった。


「……強すぎです」

私は息も絶え絶えに言った。


「妾だって限界じゃ。お主、なかなかやるのう」

そう言って、セナは差し出した手を私に向けてきた。


私はその手を掴み、立ち上がる。

敗北の悔しさよりも、不思議な清々しさが胸に広がっていた。

闘技場を後にして、私とセナはふらふらと森を抜け、冒険者ギルドへ戻ってきた。

扉を開けた瞬間――。


「フランさん!? その傷は一体……!」

受付嬢が慌てふためいて飛び出してきた。


服は破れ、頬には擦り傷、腕には痣。敗北の証が全身に刻まれているのだから、当然の反応だろう。


「ちょ、ちょっと待ってください! すぐ治療班を呼びますから!」

必死な声に、思わず笑みがこぼれる。


「だ、大丈夫です。私、回復魔法くらい使えますから」

手を翳すと、淡い光が傷を癒していく。痛みが消えていくのを見て、受付嬢は口をぽかんと開いた。


「……あれだけの怪我をしておいて、笑ってるなんて……」


隣でセナもくすくすと笑っていた。

「妾に勝負を挑んだのじゃ、これくらい当然じゃろ。それでも立って帰ってきたんじゃ、フランはなかなかの根性よ」


「いやいや……負けたんですけどね」

私は肩をすくめたが、不思議とその声には悔しさよりも誇らしさが混じっていた。


受付嬢は胸を撫で下ろし、ほっとしたように微笑んだ。

「……もう、本当に心配させないでくださいね」


こうして、私の冒険者としての第一歩は、敗北と笑いの中で幕を開けた。




あとがき


お久しぶりです。ここまで読んでいただきありがとうございます。

一ヶ月ほど期間が空いてしまいましたが、たくさんの方に読んでいただいてとても嬉しかったです。

これからもマイペースに投稿していきますのでよろしくお願いします〜


では、また次回お会いしましょう。  by天使の羽衣

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