第24話

 わずかに輝く緑色の液体ををじょうごを通して小さな瓶に流し込み、コルクで栓をする


 出来上がったポーションを持ち上げ、鑑定をかける。



治癒ポーション(A)

――――――――

ほとんどの傷を即座に塞ぎ、体力を20%まで回復可能。



 「できた!」


 最後にコルクの上から溶かした蝋を流し、苦労して作ったオリジナルスタンプを押した。


 喫茶店で出てきそうなメロンソーダ色の治癒ポーションは、傷を癒やし、おまけに体力を20%まで回復してくれるという優れものだ。


 「味はどうなんだ?」


 瓶詰めされる前のポーションをスプーンで一口をすくって口に入れた。


 「…うっ、ま、不味いっ!」


 可愛らしい色とは裏腹に、生理的に唾液が溢れ出るほどの苦味と渋みだった。


 悶絶していると、凪紗は討伐から戻ってきた。


 「ただいまーーっ?!実和?どうした?!」

 

 涙目で水をゴクゴクと飲みながら、治癒ポーションを指さした。


 「あ…、もしかして味見した?すごく不味いってロンさんから聞いたことがある。そこまで?」


 (飲んでみる?)


 凪紗に新しいスプーンを渡した。


 「…あー、まあ、私のほうが大人の舌してるから、これぐらいは楽勝よ。メロンソーダみたいなもんでしょう?美味しくいただきますよ」

 

 丁寧なフラグを立ててから、スプーン一杯分の治癒ポーションを口に入れた。私は静かにゴミ箱をすーっと差し出した。


 「っプペ!」


 凪紗は口を閉じるよりも早くゴミ箱を受け取ってポーションを吐き出した。

 

 「あいおえ?!あふうーーい!!(なにこれ?!まずーーい!!)」


 驚異的な味のせいで上手く話せなくなった凪紗は、水をがぶ飲みした。


 そんな秒速でフラグ回収した凪紗を見て思わず吹き出した。


 「ふふふ、本当に不味くて、もう飲めるものじゃないよ!びっくりした」


 この味も不人気の一因じゃないかと、疑いながら、私は涙と鼻水を拭いた。


 「強烈な味だ。もっと大人にならないと飲めないかも」


 息絶え絶えの凪紗は潔く降参した。


 「怪我人が飲むんだから、この味でちょうどいいくらいかもね。しばらく横になって大人しく休養できそうな味だわ」


 口の中をリセットするために、パントリーからキンキンに冷えたレモネードを取り出し、トラウマ級のポーションの味を洗い流した。


 「はぁーーー、生き返った!!」


 「ここからは、小説によくあるポーションを美味しくするパターン?」


 凪紗も甘酸っぱいレモネードを口に含み、ホッとした表情を見せた。


 「やらないよ。ポーションの改良は素人がやるものじゃない」


 本来、製造も専門知識のない者がやるべきではない。冒険者が作ったポーションは、買い取りの際にギルド側が必ず鑑定で品質チェックを行っている。


 ポーションの成分そのものを変えるなど、薬効に甚大な影響を及ぼしかねないことを素人がやるべきではない。


 「それもそうか。実和ならできるとは思うけどね。まあ、治癒ポーションは飲む以外に、傷に直接かけるだけでも効果があるし、無理に改良する必要はないか」


 直接かけた場合、付加効果の体力回復はない。薬師組合は、内服を推奨している。


 「これが完成品?」


 凪紗はテーブルの上に置いた治癒ポーションを持ち上げ、封蝋をまじまじと見つめる。

 

 「試作品一号です。品質に問題ないし、スタンプも思った以上にきれいに押せたよ」


 サラの勧めで凪紗と一緒にシーリングスタンプを作り、その模様を冒険者ギルドに正式に登録した。


 ポーションを納品する際には、必ず製造者のスタンプを押さなければならないルールがある。私が作ったのは、中央にひらがなで『みわ』と刻まれ、外周をオリーブの葉と実で囲んだスタンプだ。凪紗はコツコツと彫るのが苦手なため、ピザのような丸い模様の中にカタカナで『ナギサ』と書いた簡潔なスタンプにした。


 「…見た目が美味しそうだから、余計に裏切られた感が増すね」

 

 「ええ、これで人の傷を癒やし、味覚を破壊する予定です。さあ、大量生産するよ」

 部屋の一角にある山のような薬草を見せる。


 「この大量な雑草、一国の軍隊を倒せる量が作れそうだね…」薬草の量を見た凪紗は頬を引きつらせた。


 「あ、治癒ポーションになんてこと言うの?それに、味が雑草でも、これは雑草じゃなくて薬草だよ」凪紗のストレートな物言いに、私は口を尖らせた。


 「くくく、ごめんごめん。薬草だった」


 凪紗が笑いながら、口だけで謝った。


 そんな凪紗につられて私も我慢できずに笑い出した。


 (ふふ、本当に不味かったわ)


 「そうだ、大型討伐のことだけど、フェネルさんが後方のテントにいるなら、参加してもいいって」


 凪紗はテーブルに一枚の地図を広げ、テントのマークがある場所を指差した


 「やった!治癒ポーションの出番だ!」


 急増した魔物を一掃するため、オータム王国から大型討伐依頼が出されていた。この討伐には中堅からベテランの冒険者までが参加可能で、“歩く火力”と称される新米冒険者の凪紗には特別参加要請が届いたのだ。


 当日往復できない依頼であり、私を一人で留守番させるのが心配だったため、凪紗は当初断っていた。討伐チームの火力不足を危惧していたギルド会長が融通を利かせてくれたのだ。


 これで凪紗と一緒に討伐に行けるようになった。出発は3日後の朝を予定している。

 ちなみに、凪紗の火力コントロールを熟知していたロンは、二次災害の恐れがあるため当初は彼女の参加に賛成していなかった。しかし、討伐地から斥候として戻ってきてからは考えを改めたという。

 どうやら、魔物はかつてないスピードで急増しているらしい。

 前線に出ることはないが、討伐参加にあたっては治癒ポーションをどっさり持っていく予定だ。できれば体力ポーションも持っていきたい。材料は揃っているものの、量は少ないため、作れる分だけ作って持っていくつもりだ。

 「お客様、もう一種類試飲できますよ。いかがでしょうか?」  

 パントリーからガラスポットを取り出した。中には、シュワシュワと細かい泡が浮き上がる馴染みのあるオレンジ色の液体が入っていた。


 「これよ、これ!オレンジの炭酸!絶対美味しいやつじゃん!」


 凪紗は律儀にフラグを立ててからスプーンを取った。


 「飲むんかい!」


 自らスプーンに少量の液体を入れた凪紗を見て、私は思わずツッコミを入れた。


 「いただきます!」


 躊躇なくスプーン一杯分の体力ポーションを口に入れた凪紗はみるみるうちに顔が赤くなった。


 「甘い!辛い!不味い!うぇ〜〜〜」


 凪紗はすぐにレモネードをがぶ飲みした。


 体力ポーションの材料には唐辛子が入っている。野生の唐辛子が見つからなかったため、私はサブスペースで自家栽培したものを使った。だから、味見はしなかったのだ。

 

 「勇者殿、牛乳でございます!」  


 幸いパントリーの中にまだ牛乳が残っていたので、コップ一杯入れてさっと凪紗に渡した。

 「〜〜ぶは、ありがとう!お腹がいっぱいだし、暑い!体力が満タンにはなったけど、なんとなく寿命が縮まった気がする」額に薄く汗をかいた凪紗は、ぐったりとソファに沈み込んだ。

 「お身を削ってくださりありがとうございます。おかげさまで、体力ポーションの身体実験ができました」


 鑑定の内容を疑っていたわけではないけれど、使用者の生の声が聞きたかったのだ。


 「ひどい…。ぜひ一杯作って、みんなにも飲ませてあげてほしい」


 凪紗は恐ろしい提案を、さらりと言ってのけた。


 「ひどいのは誰だよ!ほら、手伝って」


 体力ポーション用の瓶とじょうごを凪紗に渡し、私は治癒ポーションの瓶詰めに取りかかった。

 「実和も人使いが荒くなったな。よっぽどのことがない限り、飲みたい人なんていないだろうね」

 凪紗はぶつぶつと言いながらも言われた通りにガラスポットとじょうごを受け取り、隣に座った。  

 「それが一番いいんだけどね」

 念のために用意した大量の不味いポーションが、後に多くの命を救うことになるとは、この時の私たちは知る由もなかった。

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