第5話

 「準備できました。では、行ってきます!」凪紗は空に向かってニッと笑った。


 「一体誰に……ぎゃぁーーーーーーー!」


 逆バンジーのように体が急上昇する。体が強張り、うまく呼吸ができない。


 頂点に達して体が一瞬空中でふわっと止まったかと思うと、次の瞬間、急降下した。


 恐怖で目を固くつぶり、凪紗に縋り付く。


 「きゃぁーーーっ!!」 


 「おおー、速い!」


 隣から凪紗の楽しそうな声が聞こえる。


 遊園地のアトラクションに乗れない人間には、キツすぎるアクシデントだ。


 速度が少しずつ減速し、気づいたときには既に足が地面に着いていた。


 「実和、着いたよ」


 生まれたばかりの小鹿のように足がまだガタガタと震えながら、凪紗にしがみついたまま恐る恐る目を開いた。


 凪紗と私は見覚えのない公園に立っている。


 「こ、これは!二人の異界賢者様がお越しになられました!」


 一人の男性が興奮した声を上げながら近づいてくる。


「あっ、これ以上近づかないでください」


 凪紗が冷静な声でそれを止めた。


「はっ!……大変失礼いたしました! 少々お待ちくださいませ!」


 男性がはっと何か思い出したかのように頭を下げ、ダダダッと走り去っていった。


 混乱していると、体がくらっと傾いた。


 (この感覚!!また魔力が足りなくなってる! なんでーー!)


 「実和、大丈夫? 気持ち悪い?」


 「ちょっとだけ……座る場所ある? ……ん? ここどこだ?」


 私と凪紗はまた公園の広場みたいな場所に立っている。地面には石畳が綺麗に敷き詰められ、周りには色とりどりの花が咲き乱れている。近くに人影はなく、シーンとしている。


 手入れは行き届いているようだが、広場の真ん中にある噴水は壊れ、石像が崩れて瓦礫が散らばっているのが目に付いた。


 「実和にはまだ説明してないけど、ここは……異世界だと思う」


 (はぁ……異世界? 何を言っているの??)


 凪紗は眉を寄せて何も言わずに、まっすぐに私の目を見ている。真剣な凪紗を見て、目を瞠る。


 (凪紗は本気だ。……でも、異世界??)


 「詳しい話は後で話すから、まずベンチを探そう」


 「……うん」


 (なんで異世界? ……魔法が使えるようになったから? ゔっ……、力が出ない……)


 体がどんどん重くなっていく。自分の体重を支えきれなくて足がガクガクして地面に座り込んだ。


 (魔法なんて使ってないのに!!)


 「実和、大丈夫?! どこかで横になって休憩しよう」


 凪紗がキョロキョロと見回って横になれそうな場所を探している時に、ダダダッと、二人の男性がこっちに向かって走ってきた。


 「あ、さっきの人だ。人を呼んできたらしい」


 さっきの男性は公園の広場の入り口に残り、もう一人の男性は広場に入り、少し離れた場所から私たちに声をかけた。


 「ようこそ、女神の大地へお越しくださいました」


 はだけた白シャツに革ズボン、燃えるような赤髪に顎髭、切れ長の目が真っ直ぐに私たちを見ている。見た目は四十代くらいのマッチョな男性が、少し胸を上下させながら丁寧に自己紹介を始めた。


 「私はサイモン・フェネル、冒険者ギルドの会長代理でございます。以後お見知りおきくださいますようお願い申し上げます」


 (……女神の大地? 冒険者ギルド?)


 「私は相沢、この子は一ノ宮、よろしくお願いします」


 「アイザワ様、イチノミヤ様、すぐ近くにコテージがございます。イチノミヤ様、お歩きになられますでしょうか?」


 「あ、歩けます。ありがとうございます」


 凪紗に支えられてふらふらと公園の外にあるコテージに入り、一人用のソファに座らせられた。高めの背凭れと肘掛けのおかげで体が支えられて少し楽になった。


 すぐ横のソファに座っている凪紗も私の顔を見て安心したように表情を緩めた。


 サイモン・フェネルも向かい側のソファに腰を下ろした。後ろには公園の入り口で待っていた男と数人のメイドが待機している。


 「イチノミヤ様、顔が真っ青でございます。医者をお呼びいたしましょうか」


 「これは、大丈夫です。……乗り物酔いみたいなものです」


 ただの魔力不足なので休めば回復するはず。言っていいことなのかが分からないので、曖昧に笑って誤魔化した。


 「あの、フェネルさん、異界賢者のことはもう女神様から聞いたので、まず冒険者登録させてください」


 凪紗の口から飛び出した一言を聞いて思わず息を呑んだ。それを聞いたメイドたちもざわついた。


 (……今なんて言った? 女神様から聞いた?? メガミサマ??)


 サイモン・フェネルも一瞬目を丸くしたが、すぐ凪紗の意図を察した。


 「かしこまりました。それでは、今お手続きを進めてもよろしゅうございますでしょうか」


 「はい、二人分でお願いします」


 何も言わずに凪紗の目を見て首を傾げてみせた。


 (何の話をしているのだろう?) 


 凪紗は小さく頷いて左目でウインクをした。


 「大丈夫、任せて」と、言っているようだった。


 一人のメイドが台車で白い水晶を大事に運んできて、もう一人のメイドが水晶を置き台ごと丁寧にテーブルに乗せた。


 「準備は整いました。では、アイザワ様、イチノミヤ様、これから冒険者登録のお手続きをします。まず、アイザワ様、本名を教えてください」


 「相沢……じゃなくて、えー、ナギサ・アイザワです」


 「ありがとうございます。では、ナギサ・アイザワ様、水晶玉に手を当ててください」


 凪紗は何の躊躇もなくさっと手を当てた。水晶に触った途端、凪紗の体が一瞬金色に光って、凪紗を包み込むナニカが見えた。


 (……ん? 気のせい?)


 「こちらの水晶板でステータスをご確認いただけます。ご本人様しかご覧になれませんので、ご安心くださいませ」


 「ありがとうございます!」


 サイモン・フェネルから水晶板も受け取った凪紗は興味津々で自分のステータスを眺めている。


 「イチノミヤ様、本名をお聞かせいただけますでしょうか」


 「ミワ・イチノミヤです」


 「はい、ありがとうございます。どうぞ、水晶玉にお手をお当てくださいませ」


 言われた通りに差し出された水晶玉に手を当てた。そして自分の周りにも何かあるのに気づいた。


 『ミワ・イチノミヤが作成された』

 『女神の加護セキュリティが起動された』

 『ステータス無効。構築してください』

 『魔法適性無効。構築してください』

 『固有スキル適用された』

 『サブスペース更新された』

 『特殊スキル適用された』

 『自動スキル適用された』

 『新しいミッションが追加された』


 (え?!)


 視界の中にメッセージが一気に流され、いくつかの画面がポップアップされ、エラーのように赤く点滅する。


 「ステータスはこちらの水晶板でご確認ください」


 「あ、ありがとうございます」


 俯いて受け取った水晶板を見ているふりをして、視界の邪魔になった画面を端から閉じていく。ようやく水晶板に表示されたステータスが目に入った。


ミワ・イチノミヤ(新)

―――――――――――

※異界賢者※

―――――――――――

レベル N/A

HP  N/A

MP  N/A

―――――――――――

魔法適性

火 ―― 風 ――

地 ―― 水 ――

光 ―― 闇 ――

―――――――――――

※女神の加護セキュリティ作動中

―――――――――――


 (内容がない? っていうか、女神の加護セキュリティってなんだ??)


 「アイザワ様、イチノミヤ様、ここに配置いたしました者は全員調査済みで信頼できる者でございますが、念のためにステータスは他言なさいませんようお願い申し上げます」


 「分かりました」

 「……はい」


 なるべく顔に出さないようにしているが、ほぼ空白のステータスに動揺している。


 (人に教えられるような内容もないよ!)


 「確認しました。特に問題はありません。それで、フェネルさん」


 凪紗は水晶板をテーブルに置いて少し困った顔でフェネルに向けた。


 「私たちは冒険者として普通の初心者よりも初心者です。敬語をやめてもらえたら助かります」


 「とんでもございません、異界賢者様にはそのようなことは!」


 フェネルはすぐ頭を横に振ろうとしたが、凪紗も譲らない。


 「新人冒険者に敬語を使うギルド会長を見たら悪目立ちです! お願いします!」


(そういえば、この方は会長だった!)


 ここでフェネルの自己紹介を思い出す。魔力不足で頭の回転がいつもより遅い。


 「普通に話してくれたら助かります! お願いします!」 


 私からもお願いする。会長たる者は小娘二人に敬語を使わないで欲しい。


 フェネルは苦笑いを浮かべながら説明する。


 「どうかご容赦ください。異界賢者にタメ口でお話しいたしましたら私の首が飛んでしまいます。その代わりに堅苦しい言葉はなるべく使わないように努めます」


 「「ありがとうございます!」」


 「本日はこれで終わりにしましょう。明日は必要な物と人員をお連れします。本日はどうぞごゆっくりお休みください。それと、安全が確保できるまでは、しばらくこの森から出ないようにお願いします。ここは女神の森ですので、不埒な者は立ち入れませんから、どうぞご安心ください」


 フェネルが申し訳無さそうに眉を下げた。


 「二階はどうぞご自由にお使いください。メイドたちはこの一階で待機させますので、何かありましたらご遠慮なくお申し付けください。そしてイチノミヤ様、お医者様に診てほしい時がありましたら、いつでもメイドたちにお申し付けください。すぐに手配が可能です。……まあ、女神の加護かごがありますので、おそらく大丈夫だと思いますが、念のためです」


 (……女神の加護かご??)


 意味の分からない言葉も出てきたが、とりあえず頷いてみせた。


 聞きたいことはいっぱいある。まず、凪紗の話を聞きたい!


 フェネルがおやすみなさいと言い、侍者を連れてコテージから出て行った。


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