第6話

 凪紗に支えられてコテージの二階に登った。振り返ると、メイドたちが心配そうに見守っている。今は話す余裕がないので、ぺこりと頭を下げて凪紗と一緒に近くの部屋に入った。


 部屋は広くはないが、テーブルに花、壁に絵画が飾られ、必要最低限の家具も揃っている。


 「あっ、ふかふか……」


 ベッドは思ったより寝心地が良くてそっと目を閉じた。力を抜くと、体の重みが感じられないくらいだった。


 「実和はここで休んで。私はちょっとメイドさんに聞きたいことがあるから、一階に行ってくるね」 


 「うん、行ってらっしゃい」


 凪紗の足音が遠ざかるのを聞きながら、重い瞼をゆっくり持ち上げた。


 (今のうちにエラーを何とかしたい!)


 メッセージ画面を開いてログを読み返す。


 (ステータス無効、適性無効?)


 ステータス画面を開く。


 表示されたのは、水晶板で見た内容のないステータスだった。


 (私のステータスはどこにいった? どうやって構築するんだ? ……んっ!)


 設定できそうな場所はないけれど、一瞬画面が左に動いた気がした。


 (今動いたよね? これは、もしかして?)


 思い切ってステータス画面を左にスライドした。


 目の前にもう一つのステータスが現れた。その名前を見て、一瞬息が止まった。



オリヴィア・ミワ・スパイカ

――――――――――――

レベル 0

HP  20/200

MP  10/400

――――――――――――

魔法適性  

火 F   風 F  

地 F   水 F  

光 A   闇 A

――――――――――――

※女神の加護セキュリティ作動中

――――――――――――



【オリヴィア・ミワ・スパイカ】


 生まれて初めてつけてもらった名前。大人の事情で今は母の旧姓を名乗っているから、すっかりこの名前から遠ざかっていた。凪紗にも教えていないし、今はこの名前で呼ばれることもない。


 『ステータス有効化された』

 『魔法適性有効化された』

 『女神の加護セキュリティが適用された』


 エラーのような点滅が止まった。やっと視界がクリアになってホッとした。


 (良かった!……こっちの名前を使わないと駄目なのか?)


 自分のステータスと適性がしっかりと表示されている。体力と魔力も解放されて確認できるようになった。


 (あ、体力と魔力が少なっ! 道理でこんなにへとへとになるんだ!)


 ログにはミワ・イチノミヤが作成されたと、しっかりと記録されている。


 (新しいキャラクターを作ったということか?)


 試しにもう一度ミワ・イチノミヤに切り替えた。相変わらず数値はないが、エラーは出てこなかった。


 固有スキルと特殊スキルは両ステータスに表示されているが、ミワ・イチノミヤはほとんど空白なので属性魔法を使えるかは要確認だ。


 (新しいキャラクターを作って冒険者登録したせいで、登録した瞬間エラーが出てきたのかな? ……どっちも私の名前だけどね)


 ちなみに、チュートリアルのおかげで便利そうなスキルをいくつも習得していた。



所有スキル

――――――

固有スキル:サブスペース

特殊スキル:インベントリ、パントリー、マッピング、鑑定、結界


 スキルだけ見ればかなりチートだ。


 「実和、着替えを持ってきたよ」


 凪紗は苦笑いしながら、畳まれた服を持って部屋に入ってきた。少し楽になった体を起こし、ベッドに座ったまま凪紗が持ってきたものに目を向けた。


 「着替え?」


 「見て、これ……」 


 凪紗が一枚の服を広げて見せてくれた。


 「……ぷっ」


 長袖の水色レーススリーブワンピース。凪紗が一番苦手なタイプの洋服だ。


 「これでも選んだんだよ? リボンや刺繍がない、デザインが一番シンプルなワンピース」


 同じタイプの黄色のワンピースを渡された。


 「靴はすぐに用意できないから、靴下だけ。あと、パジャマ」


 「えっ、パジャマはパジャマだね」


 「前回この世界に来た異界賢者が作って広めたらしい」


 長袖、長ズボンの襟付きパジャマ。襟に花模様の刺繍が施されたシンプルなデザインだ。


 「へぇー」


 「ジャージのほうがよかったけど、ないよね。ワンピースより今の格好がいい……」


 黒のカーゴパンツに白いTシャツ。身長の高くて細身の凪紗によく似合う。


 自分は紺色のTシャツに白いデニム生地のオーバーオールを着ている。


 「今の格好じゃ駄目なの?」


 「駄目じゃないけど、かなり目立つって」


 そう言われると、合わせるしかない。


 「ねぇ、実和、女神の加護セキュリティについて聞いたことある?」


 凪紗はもらった服をテーブルに置いてベッドに座った。


 (そういえば、ステータスの下にあったな。全く聞いたことない)


 「今日初めて見た」


 「この世界では女神の加護かごと知られているけど、正式名称は女神の加護セキュリティだ。ネーミングは異界賢者と同じで、ちょっとあれなんだけどね。セキュリティの内容は人によってちょっと違うけど、主に三つの効果がある。体力と魔力の自動回復、空腹無効、そして女神のシールド。このシャボン玉みたいなやつは女神のシールドだよ」


 今の私と凪紗も、微かに金色に輝く丸い膜に包まれている。手を伸ばして触ろうとしたが、まるで計算されていたかのように、膜には届かなかった。さらに、凪紗と私が近づくと、女神のシールドは本物のシャボン玉のように一つに合体してしまう。


 「全然届かない」

 対策済みのようだ。


 「攻撃や悪意のある人を弾き飛ばせるらしい」


 「空腹無効は?」


 「食事はいらないらしい。食べなくても死なないってこと」


 (いや、私は食べたい、美味しいもの食べたい!)


 「異界賢者を守るための女神の加護セキュリティだけど、悪事に手を染めたら守りが弱くなったり、完全に消えたりすることもあるらしい」


 (確かにほぼ無敵状態だし、悪用されると大変なことになりそうだ)


 それよりも、今はもっと気になることがある。


 「……この話も女神様から聞いたの?」


 凪紗は一瞬目を丸くしたけど、すぐに頷いた。


 「異界賢者について色々聞かされた。先に冒険者登録するようにって、女神様にうるさく言われたんだ」


 「うるさいって、怒られるよ? いつ女神様に会ったの?」


 「今朝、ゴミを出したら話しかけられた」


 「……」


 (嘘でしょ……? 女神様がゴミ捨て場で待ち伏せしていた?)


 あまりの衝撃でうまく反応できなかった。


 「異界賢者として行ってくれってね。異界賢者はこの世界がピンチになった時に地球から解決できそうな人を借りるシステムで、解決したらこの世界に残ってもいいし、帰ってもいいらしい。ちなみに、帰る場合はこっちに来る直前に戻してくれるから、まだまだ映画に間に合うよ」


 「ふふ、それは良かった」


 本当に良かった。急に行方不明になったら、お兄ちゃんは心配で発狂してもおかしくないから。


 (いや、しないか)


 兄からの意味不明のメッセージを思い出す。


 【実和、女神様が決めたことだから俺は変えられない。実和ならきっとできる。俺の妹だからな。我慢せずに暴れてこい!】


 お兄ちゃんは知っている。


 (凪紗と同じく女神様に教えてもらった?)


 「今回は……、……?!」


 凪紗は急に両頬を押さえて口をパクパクさせた。


 「凪紗??」


 「あー、あー、びっくりした! 急に話せなくなった。あれだ、人に言っちゃ駄目なやつ。こう、喋られなくなるんだ」


 「言えないことなら無理にしないで」


 「うーん、大雑把に言うと、私と実和が一緒に来たけど、目的は違うの!」


 「その目的が言えないってこと?」


 「うん、言っちゃ駄目って言われたけど、うっかり忘れちゃった」


 「……もう忘れたの? 女神様もびっくりだよ」

 正直な凪紗に思わず笑ってしまった。


 凪紗は良いことも、悪いことも、いつも本音で話してくれる。誠実で分かりやすくて安心できる。


 男友達のほうが圧倒的に多い凪紗だが、運動神経抜群でスタイルもいいので、ファンクラブもできた。


 本人は多分知らないだろう。


 「私も凪紗に話したいことがある」

 空白のステータスのこと、凪紗に相談してみよう。


 「うん、どうした?」


 「私のステータスに……う? ……え?!」


 口を開けられたけれど、周囲の筋肉が硬直して動かない。


 「あー、ステータスなら多分全部ロックされてると思う」


 (マジか……誰にも相談できないってこと? まあ、魔法は使えないけど、女神の加護セキュリティがあるから、とりあえずなんとかなるか)


 「……まぁ、いいか」


 「いいのかよ!」


 オレンジ色の光が部屋に差し込んで壁に四角い窓の模様が映し出された。


 凪紗は窓から外を覗き込んだ。


 「実和、見て、暗くなってきたよ」


 部屋にある大きな窓から、この世界に来て初めての夕日が見えた。女神の広場の周りに広がる森の中、無数の淡い光がふわふわと漂い、暮れる森を照らし出した。


 「綺麗だね……」


 幻想的で美しいけれど、なぜかどこか不思議で恐ろしく見えた。


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