エピローグ「未来の種」

 数年の歳月が流れた。


 エレオノーラ・クラヴィスは、クラヴィス領の直接的な統治を、信頼するルカとイザベルに託し、新たな舞台へと活動の場を移していた。彼女は、その卓越した知識と実績を国王に認められ、ルクセリオ王国全体の農業政策を司る顧問の地位に就いていたのだ。かつて追放された悪役令嬢が、今や国政の中枢でその手腕を振るっている。運命の皮肉であり、また必然の帰結でもあった。


 彼女が推進する農業改革は、王国全土に豊かさをもたらしつつあった。各地で農学校が設立され、クラヴィス領で生まれた新しい農法や品種が広まり、食糧生産量は飛躍的に増大した。飢饉の恐怖は過去のものとなり、民の生活は安定し、国力は着実に増していった。


 かつての敵対者たちのその後は、様々だった。

 セシリアは、聖女の座を追われた後、全ての財産を没収され、小さな村で過去を隠してひっそりと暮らしていると伝えられた。時折、彼女がかつて人々を魅了した美貌の面影もなく、やつれた姿で畑仕事を手伝っているのを見たという噂が流れてくることもあった。

 ヴィンセントは、辺境の領地で誰ともほとんど交流することなく、読書と狩猟に明け暮れる日々を送っていた。彼がエレオノーラの名を耳にすることがあるのか、あるとすれば何を思うのか、知る者はいない。


 エレオノーラは、多忙な公務の合間を縫って、時折クラヴィス領を訪れた。領地はルカとイザベルの手によって見事に運営され、彼女が礎を築いた豊かさはさらに発展していた。農民たちの笑顔、子供たちの元気な声、そして黄金色に輝く広大な畑。それが、エレオノーラの何よりの喜びだった。


「エレオノーラ様、今年の新品種のブドウです。素晴らしい出来ですよ」

 ルカが、誇らしげに瑞々しいブドウの房を差し出す。その隣で、イザベルが穏やかに微笑んでいる。


「ありがとう、ルカ、イザベル。あなたたちがいてくれるから、私は安心して王都で仕事ができるわ」


 エレオノーラは、環境保全を重視した持続可能な農業の重要性を説き続け、次世代の若者たちにその理念を伝えていた。彼女が設立した農学校は、今や王国で最も人気のある学び舎の一つとなっていた。


 ある日の午後、エレオノーラは王宮の庭園の一角で、小さな苗木を植えていた。それは、遠い異国から取り寄せた、まだこの国では珍しい果樹の苗だった。


 土を寄せ、水をやりながら、彼女はそっと苗木に語りかける。


「さあ、元気に育つのですよ。あなたの実が、この国の未来をさらに豊かにしてくれるでしょう」


 柔らかな陽光が、エレオノーラの横顔を優しく照らす。その瞳には、過去の苦難を乗り越えた強さと、未来への揺るぎない希望が満ちていた。


「ここからまた、新しい未来が育つのね」


 エレオノーラは、そっと微笑んだ。彼女が蒔いた無数の種は、これからも豊かな実を結び、人々に幸せをもたらし続けるだろう。悪役令嬢の逆転劇は、希望に満ちた未来の物語へと、美しく昇華したのだった。

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追放悪役令嬢は農学知識でざまぁします!~荒れ地を開墾したら、最強農園国家できちゃいました~ 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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