第8話「農園帝国の完成」

 セシリアとヴィンセントが失脚し、貴族連合が崩壊した後、ルクセリオ王国には大きな変革の波が訪れていた。その中心にいたのは、間違いなくエレオノーラ・クラヴィスだった。彼女が築き上げたクラヴィス領は、もはや単なる一地方領ではなく、王国随一の農業拠点として、そして新たな経済の中心地として目覚ましい発展を遂げていた。


 クラヴィス領で生産される高品質な農作物は、バルトが大陸全土に張り巡らせた交易網を通じて各地へ輸出され、莫大な富をもたらした。その利益は、領内のインフラ整備や福祉、教育に再投資され、クラヴィス領は文字通り「楽園」と呼ぶにふさわしい豊かさを実現していた。人々はエレオノーラを「農園貴族」あるいは「豊穣の姫君」と呼び、心からの敬愛を捧げた。その影響力は王宮にも及び、国王もエレオノーラの意見に耳を傾けるようになっていた。


 ヴィンセントは、全ての権力と名誉を失い、第一王子に正式に王位継承権を譲った後、王都を追われるようにして辺境の小さな領地へと隠居した。彼がかつてエレオノーラを追いやったように。その顔には、もはやかつての傲慢な光はなく、深い後悔と諦念の色だけが浮かんでいた。


 エレオノーラは、クラヴィス領の成功に満足することなく、さらなる理想を追求した。それは、持続可能な農業システムの確立と、その知識の普及だった。彼女は領内に農学校を設立し、ルカを筆頭とする経験豊かな農民たちを教師として、次世代の農業指導者の育成を始めた。そこでは、土壌保全、有機農法、効率的な水管理など、エレオノーラがもたらした革新的な農業技術が教えられた。


「知識は、分かち合ってこそ価値があるのです。このクラヴィス領だけでなく、王国全土が、いえ、この世界全体が豊かになるために」


 エレオノーラの言葉は、農学校の生徒たちの胸に深く刻まれた。


 バルトは、エレオノーラのビジョンに共感し、彼女の「農園帝国」とも呼べる経済圏の拡大を全面的に支援した。彼は大陸規模での交易ルートをさらに開拓し、クラヴィス領の農産物だけでなく、そこで生まれた新しい技術や知識もまた、遠くの国々へと伝えられていった。


 ある晴れた日、エレオノーラは完成したばかりの農学校の庭で、新しい果樹の苗を植えていた。その傍らには、頼もしく成長したルカと、穏やかな笑みを浮かべるイザベルの姿があった。


「エレオノーラ様、この農園帝国は、あなたの手で完成しましたね」


 イザベルが感慨深げに言う。エレオノーラは、土の感触を確かめながら、静かに首を振った。


「いいえ、イザベル。これはまだ始まりに過ぎません。帝国は完成するものではなく、常に成長し続けるもの。そして、その成長を支えるのは、ここに集う人々の情熱と、未来への希望です」


 彼女の言葉には、かつての悪役令嬢の面影はもはやなかった。そこには、逆境を乗り越え、多くの人々の生活を豊かにし、新たな時代を切り開いた指導者の気高さと優しさが満ち溢れていた。


 エレオノーラの完全な勝利。それは、単なる敵対者の失脚を意味するのではなく、彼女自身が掴み取った成長と、彼女がもたらした豊かさの集大成だった。復讐の花は、希望に満ちた未来という、最も美しい形で咲き誇ったのだ。

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