第19話「札が告げる、その一瞬」
静寂が、空気を満たしていた。体育館の板張りの床を、足の裏がじんわりと感じ取る。
夏休みの終わりを告げるかのような陽光が、窓から差し込んでいた。かるた部の合同練習会。複数校が集まり、実戦形式の対戦が組まれるこの日は、部員たちにとって成長の舞台でもあり、試練でもある。
愛花は、心菜の向かいに座っていた。
部内の試合ではなく、今回は外部校の強豪選手と当たる前の、ウォーミングアップ戦。それなのに、心菜の視線は凛として揺るがなかった。
(心菜ちゃん……すごい)
畳に広がる百枚の札。その一枚一枚が、いまにも語りかけてくるようだった。
読手の声が響いた。
「ちはやふる……」
――ぱんっ!
ふたり同時に伸ばした手が交差し、しかし、わずかに速く札を弾いたのは心菜だった。
「……取った、ね」
愛花が息を飲む。
「……はい。でも、今のはかなりギリギリでした」
心菜の額には汗がにじんでいた。音と札の位置、体の感覚を総動員したような動きだった。
ひとつの札。その一瞬が、勝敗を分ける。
愛花は思い出していた。初めての部内試合で心菜に負けた日。涙が止まらなかったあの日。けれど今は違う。
(わたしも、あの札の声を、聞けるようになりたい)
読手が札を読み上げるたびに、息をのむ。集中する。取りにいく。
結果は――五分五分。
読み終わりの瞬間に札が弾かれ、時には空振りし、時には「迷い」が動きを鈍らせた。
でも、楽しかった。悔しいのに、負けたくないのに、楽しかった。
心菜は微笑みながら言った。
「愛花ちゃん、すごく速くなったね。何枚か、本気で焦りました」
「……ほんと? ほんとのほんとに?」
「ほんとのほんと。前よりずっと強くなってる。取りに来る目が、真剣だったから」
胸が熱くなる。頬が熱くなる。
札が告げる。その一瞬に賭ける情熱が、こんなにも眩しいなんて。
試合が終わった瞬間、心菜が手を差し出した。
「ありがとう。とっても楽しかったよ」
握られた手が、温かかった。
(わたしも、もっと、強くなりたい)
そう願った。
札は語る。一瞬の速さと、一瞬の思いを。
そして、そこに込めた「気持ち」が、かるたをもっと奥深くするのだと、愛花は少しずつ理解し始めていた。
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