第18話「背中を預ける覚悟」

 八月も終わりが見えてきたある日。かるた部の練習中、顧問の伏見先生から一枚のプリントが配られた。


「来週末に、近隣の高校との交流試合を行います。県大会に向けた前哨戦です。経験の場として、しっかりと挑んでもらいますよ」


 ざわっと部室内が湧いた。


「えっ、交流試合って……対外試合ってこと?」

「すごい、緊張するー!」

「でも楽しみ!」


 心菜も胸の奥がぐっと熱くなる。初めての、外部との試合。緊張と不安と、ほんの少しの高揚が、胸のなかで絡み合っていた。


 ふと横を見ると、愛花は真剣な目でプリントを見つめている。少し口元を引き締めて、それでも瞳にはわくわくした光が宿っていた。


「ねえ、心菜」


 愛花が声をかけてくる。 


「……絶対、出ようね。ふたりとも」


 その声は、いつもの明るさの奥に、しっかりとした意志を秘めていた。心菜も静かにうなずいた。


「うん、わたしも……出たい。全力で、やりたい」


 


 ◇


 


 それからの練習は、今まで以上に熱を帯びていった。


 愛花の成長はめざましかった。最近では心菜と互角に渡り合う場面も増えてきた。鋭い反応、正確な取り、そして諦めない集中力――かるたに対する彼女の情熱は、本物だった。


 一方、心菜はどこか焦っていた。


 幼いころからかるたに親しんできた自分が、今や入部して数ヶ月の愛花と互角――むしろ、抜かされそうな場面すらあった。


(わたしは、何をしてるんだろう……)


 畳の上で対戦しながら、そんな声が心の中でこだまする。


 練習後、肩を落とす心菜に、実結がそっとタオルを差し出した。


「焦ってる、でしょ?」


「……うん」


「でも、愛花ちゃんが頑張ってるのって、心菜の影響だと思うよ」


「え?」


「心菜が真剣にかるたしてるから、負けたくないって思ってるんじゃないかな。そういうのって、すごくいい関係だと思うよ?」


 実結の優しい声が、胸に染みた。


「大丈夫。心菜のかるたには、あたしもいっぱい救われたから」


 そう言って笑う実結の顔を見て、心菜は少しだけ、肩の力を抜くことができた。


 


 ◇


 


 いよいよ、交流戦のメンバーと布陣が決まる日が来た。


「先鋒・実結、副将・心菜、三将・愛花――この三人で出場します」


 伏見先生の声に、心菜の心がきゅっと引き締まる。副将。重い役目だ。けれど、自然と隣を見る。愛花もこちらを見て、微笑んでいた。


 ……背中を、預けても大丈夫だ。


 そんな信頼が、ふたりの間に芽生えていた。


「わたし、頑張るよ」


「うん。一緒に、勝とうね」


 手を取り合うわけでも、言葉を交わしすぎるでもなく。けれどその瞬間、ふたりの間に確かな絆が芽生えた気がした。


 


 ◇


 


 交流試合の前夜、心菜は自室の机の上に札を並べていた。


 掌で札をなぞりながら、明日への思いを胸に募らせる。


(きっと、忘れられない一日になる)


 机の上に飾られていた短冊に、目を落とす。


「忘れじの ゆく末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな」


 忘れられない未来があるなら、せめてこの一日を全力で――


「明日、絶対、勝とうね……!」


 夜の静寂に、小さくつぶやいた。

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