第13話「それぞれの想い、それぞれの進む道」
冬の空気が肌に刺さるようになってきた十二月の初め。かるた部の部室では、年末に開催される地区大会へ向けた練習が活気を帯びていた。
心菜は、机の上に並べた名簿と睨めっこしながら、部員ひとりひとりの調子を把握していく。団体戦の出場メンバーをどう決めるか、悩ましい問題がのしかかっていた。
「心菜先輩、これ、今日の対戦結果……置いておきますね」
実結がそっと紙を差し出す。そこには、部内練習での勝敗と札の取得数が細かく記録されていた。
「ありがとう、実結ちゃん。助かるよ」
笑顔で受け取りつつも、心菜の胸の奥には重たい想いが渦巻いていた。みんな、勝ちたいという気持ちは同じ。でも、それぞれの努力と実力の差があることも事実。誰かが選ばれ、誰かが選ばれない。それは、避けて通れない現実だった。
そんな中、伏見顧問がいつもより厳しい表情で、部員たちに告げた。
「団体戦のレギュラーを決めるため、来週から部内での総当たり戦を行います。対象は一年生から三年生まで、全員です」
その瞬間、部室に微かな緊張が走った。
「全員……ですか?」
愛花が戸惑いを隠せずに声を上げる。
「ええ。皆さんの現在の実力を、正式な形で確認するためです。目指すのは勝利ですが、それ以上に、自分の強さと向き合うことが大切です」
顧問の言葉は穏やかだったが、どこか突き放すような響きもあった。心菜は愛花と実結の顔をちらりと見る。ふたりとも、言葉にできない不安を胸に抱えているようだった。
──負けたら、出られない。
──でも、勝ちたい。みんなと一緒に戦いたい。
そうした気持ちが、それぞれの瞳に宿っていた。
総当たり戦が始まった週の木曜日。心菜は自分の対戦の合間にも、後輩たちの試合を見守っていた。愛花は初戦で三年生に接戦の末、勝利。続く二戦目も安定した取りで白星を重ねた。
「……よしっ!」
勝利を決めた瞬間の愛花のガッツポーズに、心菜はそっと微笑む。しかし、三戦目――対戦相手は実結だった。
「よろしく、愛花ちゃん」
「……お願いします」
普段は仲の良いふたりが、今だけはライバルとして向かい合う。
開始の合図とともに、二人の集中が一気に高まった。速さでは愛花がわずかに上回るが、実結の札の取りは冷静で的確だった。中盤、数枚の僅差で実結がリードする。
「……負けたくない……!」
愛花が無意識に口にした声が、静かな部室に響いた。
終盤、最後の一枚を実結が素早く抜き取り、勝負は決まった。
「……ありがとうございました」
実結が丁寧に一礼し、札を揃える。愛花は俯いたまま、その場に座り込んだ。
心菜は静かに彼女のそばに膝をつく。
「愛花ちゃん……」
「……くやしい……です。勝ちたかった、のに……心菜先輩と、一緒に出たかった……」
溢れた涙が、愛花の頬を伝って落ちる。それを黙って見つめる実結の目にも、迷いが揺れていた。
結果は結果。でも、それは終わりではなく、また次へ進むための一歩だ。
心菜は二人の肩にそっと手を置き、言った。
「ありがとう。……ふたりとも、すごく頑張ってる。だからこそ、どんな結果になっても、それは無駄じゃないよ」
レギュラー発表は翌週に持ち越された。
それぞれの想いが交差する中、かるた部の冬が、本格的に動き出そうとしていた。
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