第7話:ブレイズとの絆

「ふたりでなら」のバズりは、

私の日常に、思っていた以上に大きな変化をもたらした。

YouTubeのチャンネル登録者数は止まることを知らず、

再生数は日に日に増えていく。

コメント欄には毎日のように新しい感想や応援の言葉が並び、

そのたびに私はスマホを握る手に力を込めてしまう。

私の歌が、本当に、たくさんの人に届いている。

それは、ちょっと怖いくらいに幸せなことだった。


学校では相変わらず、私はクラスの隅で息を潜めていた。

授業中、先生の声はどこか遠くで響く雑音みたいで、

私の頭の中は次に書きたい歌詞のことばかりだった。

ノートの余白に、ふと浮かんだフレーズを小さく書き込む。

「透明な想いを 誰に伝えよう」

そんな拙い言葉でも、私には大事な大事な宝物やった。


昼休み、クラスメイトたちの輪の中から

「ねぇ、昨日また『わかP』の動画上がってたよね!」

「聴いた聴いた!やばい…!心がぎゅってなる!」

って声が聞こえてきて、心臓が跳ねる。

自分が話題にされてるかもしれない。

でも、誰も私だとは知らない。

だから私はただ、机に伏せて、小さく息を吐いた。


その日の放課後。

いつものように自室でパソコンに向かい、

新しいメロディを打ち込んでいたときだった。

「ガチャ」

ノックもなく、ドアが開く音。

「あんた、今時間あるか?」

驚いて振り返ると、怜姉ちゃんが立っていた。

いつもと同じクールな顔。だけど、手に何かを持っていた。


「え、あるけど……なに?」

私の声は、少し裏返ってしまった。

怜姉ちゃんは無言で、一枚の紙を差し出した。

それは、ブレイズの新しい楽曲のラフな譜面と、

ところどころに走り書きされた仮の歌詞だった。


「これ、作詞、頼むわ」

「えっ……!?」

言葉の意味がすぐには理解できず、私は紙を見つめる。

それから、怜姉ちゃんの顔を見て、また紙に視線を戻した。

「ブレイズの曲……の歌詞を、私が……?」

怜姉ちゃんは、わずかに眉を動かしただけで、

その意味を説明するでもなく、ただじっとこちらを見ていた。


少しの沈黙の後、怜姉ちゃんが低い声で言った。

「無理なら断ってええ。別に、他に頼むこともできるし」

でも、その言い方は、いつもよりずっと優しかった気がした。

「でも、お前の詞には、なんか…引っかかるもんがある。

言葉選びとか、感情の匂いとか。

私らが持ってないもんや。

だから…頼むわ」

怜姉ちゃんが私を真正面から頼るなんて、滅多にないことや。

私は胸の奥がじんと熱くなるのを感じて、慌てて視線を落とした。


「や、やります!……やらせてください!」

気づいたら震える声でそう答えていた。

それから、私とブレイズは少しずつ、

音楽を通してつながっていった。


怜姉ちゃんに連れられて、ブレイズの練習スタジオ――

古びたビルの地下にある『リズム堂』に行くことも増えた。

そこは壁一面が黒い防音材で覆われていて、

足元にはシールドやペダルが無造作に転がっている。

アンプからは金属の匂い、ケーブルや汗の匂いが混ざった、

なんとも言えない独特の空気があった。

初めて入ったとき、私は緊張でお腹が痛くなるほどだった。


「おっ、怜の妹ちゃん来たじゃん!」

ギターの瀬戸さんが、にかっと笑いながら手を振ってくれる。

「今日は歌詞の件で来てくれたんだよな。

前に送ってもらったあの詩、最高だったわ」

そう言ってくれた時、私は小さく「ありがとうございます…」としか言えなかった。


「なあ怜、お前の妹、ちょっと可愛くね?」

「は? 死ぬか?」

ベースの篠田さんがふざけてそんなことを言い、

怜姉ちゃんが冷たく言い放つと、その場がどっと笑いに包まれた。

私は顔が真っ赤になって、心臓がバクバクしていた。

もう、何をどうしていいかわからない。


スタジオでは、私の書いた歌詞について、

真剣に話し合ってくれる時間があった。

「ここさ、『深い森の奥 響く足音』ってめちゃくちゃ良いよな。

ライブで照明を青にしたら、絶対映えるよなー」

「その後にさ、『闇がそっと 息をする』って入れるのはどう?」

「いいっすね!世界観統一されてる!」

私がぽつりと提案した言葉に、みんなが「それいい!」と口を揃える瞬間。

「…私の言葉が、バンドの音楽になっていくんや」

その事実に、胸の奥がじわっと熱くなって、

少しだけ泣きそうになった。


作業が終わり、怜姉ちゃんと帰り道を歩く。

ビルの外に出ると、夜風が汗ばんだ肌にひんやりと心地よかった。

「…怜姉ちゃん、ありがとな」

「何がや」

「私の言葉…信じてくれて。

ブレイズに繋げてくれて」

怜姉ちゃんは少し面倒くさそうに顔を背けたけど、

「別に。お前の力は、お前自身が掴んだだけやろ」

と、ぼそっと呟いた。

それだけで十分やった。


私は、もう一人じゃない。

怜姉ちゃんがいて、ブレイズのメンバーがいて、

そして、私の歌を聴いてくれる無数の人がいる。

あの日の私が聞いたら、信じないだろう。

でも今の私は、確かにここにいる。

少しずつ、だけど確実に。

私の世界は、音楽を通して広がっていた。


そしてふと、スタジオの帰り道。

夜空を見上げながら思った。

「こんな風に私の言葉が、

いつか…輝先輩の胸にも届いたら」

それだけで、また一歩前に進める気がした。

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