第6話:バズりの波紋
「ふたりでなら」を投稿してから、
「わかP」の状況は一変した。
再生数は、ものすごい勢いで伸びていく。
コメントも、次から次へと増えていく。
まるで、止まらない波みたいに。
それは、私が想像していたよりも、
ずっと大きな、津波のような現象やった。
寝る前にスマホをチェックすると、
再生回数が万単位になってて、
思わず声が出そうになった。
「うそやん……! これ、本当に私なんかな?」
何度見ても、信じられへんかった。
現実じゃないみたい。
指で画面を何度もこすってみるけど、
数字はびくともせえへん。
これは、紛れもない現実なんや。
朝、学校に行く前にも見てしまう。
制服に着替えながら、こっそりスマホを確認する。
昼休み、誰にも見つからへんように、
トイレの個室でこっそりスマホを開くと、
また数字が増えてる。
もう、夢みたいやった。
こんな日が来るなんて、
つい一ヶ月前までは、想像もできへんかったのに。
私だけの秘密やったボカロの世界が、
あっという間に、たくさんの人に広がっていく。
コメント欄には、たくさんのメッセージ。
スクロールしてもスクロールしても、
メッセージの終わりが見えへん。
『わかPさん、マジ神! 才能の塊!』
『「透明な声が 夜空を翔ける」って歌詞、
ホントその通りすぎて鳥肌立った! ゾクゾクした!
頭から離れません!』
『無限リピート中! 一日中聴いてます!
寝ても覚めても「ふたりでなら」!』
『「寂しかった心に 光灯すように」
この部分で泣いたわ、共感しかない。
何度も聴いて、勇気をもらってます』
『リアルボイスの子、めっちゃ上手い!
誰なんやろ? プロのシンガーさん?』
『わかPさんとこのデュエット、最高すぎる!
もっと色んな曲が聴きたいです!』
「無色透明な声なのに心に響く」
「歌詞が心に刺さる」
そんな絶賛の声があふれてた。
匿名の誰かの言葉が、
こんなにも私の心を温かくするなんて。
顔も知らん人やのに、
まるで昔からの友達みたいに、
私の歌を受け止めてくれる。
それが、本当に嬉しかった。
自分が、一人じゃないって思えた。
私にも、居場所があるんや。
私だけの世界だと思っていた場所が、
こんなにも温かい居場所になるなんて。
「わかP」の話題は、ネット上だけじゃなかった。
気づけば、学校の中にも、
その波紋は広がり始めてた。
予期せぬ形で、私の世界は繋がっていく。
まるで、密かに育てていた花が、
突然、大輪を咲かせたみたいに。
昼休み。
いつもはひっそりとしている教室の隅で、
私はいつものように小説を読んでいた。
すると、近くから、聞き覚えのあるメロディが聞こえてきた。
それは、クラスメイトの女子たちが、
スマホを囲んで話している声だった。
「ねえねえ、知ってる?
『わかP』の新しい曲、『ふたりでなら』!」
女子の一人が興奮気味に言った。
「あー! 聴いた聴いた! めっちゃいいよね!
あのデュエット、ヤバくない!?
ボカロの声と生歌がこんなに合うなんて!」
別の女子が大きく頷く。
まさか、こんな近くで、
自分の話をしているなんて。
心臓がギュッと締め付けられる。
バレるんじゃないか、という不安と、
自分の曲が学校で話題になっているという驚き。
顔が、カッと熱くなる。
でも、同時に、ほんの少しだけ、
誇らしい気持ちもあった。
複雑な感情が、胸の中で渦巻く。
「歌ってる子、誰なんやろ? プロなのかな?
声優さんとか?」
「ボカロとデュエットしてるリアルボイス、
なんか儚い感じで良くない?
透明感あるのに、感情が伝わってくるんだよね」
「わかる! あの声、ずっと聴いてられる!」
「しかも歌詞も最高!
『この歌が あなたの心を そっと包むなら』ってとこ、
まじ泣けるんだけど! わかる~!」
「私もあの歌詞、一番好き!」
ヒソヒソと、しかし熱のこもった声で、
交わされる会話。
みんな、わかPが誰なのか、
推測し合ってるみたいやった。
「同じ学校の子だったりしてねー」
「えー! 誰やろ誰やろ!? 気になるー!」
無邪気な声が、私の耳に届く。
そのたびに、私は身を固くした。
バレたらどうしよう。
また、あの時のように、笑われたら。
私は、小説に目を落とすフリをして、
必死でその会話に聞き耳を立てていた。
顔は熱いし、心臓はバクバク鳴ってる。
バレてない。まだ、バレてない。
大丈夫。誰も、私だなんて思ってない。
そう言い聞かせながら、
スマホを持つ手が、じんわりと汗ばんだ。
ポケットの中のスマホが、
まるで熱を持っているかのように感じられた。
放課後、下駄箱で靴を履き替えていると、
また別の女子生徒たちのグループが、
「わかP」の話題で盛り上がっているのが聞こえた。
「マジで誰なの、あの人?
天才すぎるでしょ!」
「デュエットの歌声、鳥肌立った!」
「私もあんな風に歌えたらなー」
知らないうちに、私の歌が、
こんなにもたくさんの人の心を掴んでる。
それは、信じられないような、
でも、確かな事実やった。
「わかP」は単なる人気者から、
その才能を認められる存在へと、
少しずつ変化していった。
それは、私自身が、
まだ実感できていない大きな変化やった。
正直、怖さもある。
でも、それ以上に、
自分の音楽が評価される喜びが大きかった。
教室の隅っこで、
透明人間みたいに過ごしてきた私が、
ネットの世界では、
誰かの心を動かす歌を歌ってる。
この二つの世界が、
少しずつ、近づいてきているような気がして、
胸騒ぎが止まらなかった。
でも、その胸騒ぎは、
もう不安だけじゃなかった。
未来への、希望が混じり始めていた。
私の歌が、どこまで届くのか。
そんな、かすかな期待が、
胸の奥で、小さく、温かく灯っていた。
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