愛してるから、食べさせて。

@12114

愛してるから、食べさせて。

第一章:転校生


 田中卓司は、世界に違和感を持って生きていた。


 母親はアルコール依存症、父親は家を出ていない。クラスでは空気のような存在で、誰とも目を合わせず、笑わず、話さなかった。彼の中には虚無があり、ただ「生きている」というよりは、「生かされている」日々だった。


 そんな日常に、彼女は現れた。


 田村有紗。転校生。春の風のように柔らかく、光を帯びた笑顔の持ち主だった。


 「……よろしくお願いします」


 その声に、卓司は初めて心臓が跳ねるのを感じた。どこか壊れそうな儚さと、無垢な真っ直ぐさ。彼女はまるで――食べ物みたいだった。



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第二章:恋の形


 卓司と有紗は、すぐに仲良くなった。有紗は誰にでも優しく接したが、卓司には特に笑顔を見せてくれた。


 「卓司くんって、静かだけど……なんか落ち着く」


 「君は……騒がしいけど、嫌じゃない」


 「え、それ褒めてるの? 貶してるの?」


 「両方、かな」


 最初はふざけ合っているだけだった。でも、次第に2人の関係は変わっていった。手をつなぐようになり、キスを交わし、恋人になった。


 その瞬間、有紗は卓司の「世界」そのものになった。



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第三章:芽生え


 ある日、有紗が「昔飼ってたウサギが死んじゃった話」をしたとき、卓司の頭にひとつの想像が浮かんだ。


 ――そのウサギを、焼いて食べていたらどうだったんだろう。


 脳裏に浮かんだ肉の匂い。脂の弾ける音。じゅうじゅうと焦げる皮膚。柔らかい肉の感触。


 そしてふと、有紗の腕を見た。


 細く、白く、柔らかそうな二の腕。かじったら、どんな味がするんだろう?


 「……」


 その瞬間、自分が「異常」だと理解した。


 でも、止められなかった。



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第四章:秘密


 それからというもの、卓司は有紗を「食べたい」という欲求を抑えながら生きる日々になった。夜な夜な夢に見るのは、有紗の肉を裂き、味わう自分。


 彼女の唇が触れたとき、思った。


 ――この唇を噛み千切って、咀嚼したい。


 彼女の首筋に顔を寄せたとき、感じた。


 ――噛みちぎって、喉元から血を啜りたい。


 そして、ある日彼女が言った。


 「ねぇ、卓司くんって、変な目で私を見るときがあるよね」


 卓司は何も答えられなかった。ただ、笑った。有紗は笑い返したけど、どこか不安げだった。



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第五章:計画


 卓司は果物ナイフを買った。文房具と一緒に袋に入れてもらって、家の机にしまった。


 夜の学校に有紗を呼び出す計画を立てた。


 「ねぇ、夜の学校ってさ、ちょっとロマンチックじゃない?」


 そう言ったのは有紗の方だった。だから、提案は自然だった。


 「今度さ……夜、二人で学校来ない?」


 「え、肝試し? ちょっと怖いけど……卓司くんとならいいかも」


 彼女は笑って、了承した。


 その笑顔が、最後になると知っていた。



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第六章:夜の学校


 深夜0時。校舎には誰もいなかった。教室には電気もつかず、月光だけが差し込んでいた。


 「なんか……怖いね」


 「平気。俺がいるから」


 「うん、ありがとう」


 卓司は有紗の肩を抱き寄せた。心臓が高鳴る。鼓動が狂っていた。興奮と恐怖と、そして……愛。


 「有紗」


 「ん?」


 「好きだよ」


 「……うん、私も」


 キスをした。深く、激しく。卓司の舌が有紗の口内を舐める。その味に酔いしれながら、手を後ろに伸ばす。


 机の中に隠しておいた、果物ナイフ。


 「ねぇ、卓司くん……」


 「何?」


 「ほんとに……変な目してるよ。今」


 「そうかもね」


 ナイフを、抜いた。



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第七章:愛と喰


 「ごめん、有紗」


 「……え?」


 ナイフが彼女の腹を裂いた。血が飛び散る。叫びは、夜の静寂に吸い込まれていった。


 「たく……じ、く……」


 「ごめん。でも、これが……愛の形なんだ」


 有紗の身体から、血が滴る。卓司はその温かさに手を浸し、口に運んだ。


 しょっぱい。生臭い。それでも――美味しかった。


 涙が流れた。嗚咽と歓喜が混じる。


 「愛してる、有紗。だから、君を全部食べたいんだ」


 臓器を引き出し、肉を裂き、皮膚を剥ぎ取る。彼女の身体は、ただの「物体」になっていく。


 だが、卓司の目にはそれが愛そのものだった。



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終章:朝が来る


 翌朝、教師が教室のドアを開けて悲鳴を上げた。


 そこには血まみれの机。床に散らばる肉片。壁には赤い文字が残されていた。


 《愛してる》


 卓司の姿はなかった。有紗の身体も、ほとんど残っていなかった。


 数日後、河川敷で卓司の遺体が発見された。胃の中には人肉の痕跡。喉をかき切って死んでいた。


 最後まで、愛し抜いた。


 それが彼にとっての――幸せだったのだ。





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