第15話 独占市場と蜜晶花の発見

三日間の強制休暇が明けた。

私の心身はすっかり回復し、むしろ新たな課題への意欲で満ち溢れていた。


執務室の扉を開けると、そこには既にレオン様が控えている。休暇中に少しだけ縮まった彼との距離が、朝の挨拶をどこか心地よいものに変えていた。


「おはようございます、レオン様。早速ですが、次のプロジェクトに取り掛かります」

私が宣言すると、彼は呆れたように、しかしその声には確かな心配の色を滲ませて言った。

「早いな。もう少し休んだらどうだ」


「いえ、善は急げと言いますから。今回のターゲットは砂糖です」

「砂糖?」

私の言葉にレオン様は、意外そうな顔をした。無理もない。これまで扱ってきたのが国家予算や軍備、税制といった大きな問題ばかりだったのだから。


「ええ。この国の砂糖市場はグラシエ伯爵家による不当な独占状態にあります。これは健全な市場経済を阻害し、物価を高騰させ、関連産業の発展を妨げる大きな要因です。いわば経済という名のシステムに巣食う、深刻なバグですね」


私は休暇中の市場調査で目の当たりにした、質の悪い砂糖が不当に高く売られている現状を説明した。民衆のささやかな楽しみであるはずの甘い菓子さえ、そのせいで高嶺の花になっている。それは見過ごすことのできない、国家レベルの淀みだった。


私は早速、皇帝陛下から賜った最高級の羊皮紙を広げた。

スキル《完璧なる整理整頓》を発動し、頭の中のデータベースにアクセスする。ターゲットはグラシエ伯爵家、そしてこの国の砂糖に関する全ての記録だ。


彼の商流、価格設定、独占に至るまでの経緯。過去の契約書に潜む法の穴。数百年分の膨大な情報が濁流のように私の頭に流れ込み、瞬時に解析されていく。


「……なるほど。これは巧妙ですね」

私は分析結果に、思わず感嘆の声を漏らした。


グラシエ伯爵は百年前の飢饉の際に、私財を投じて王家に砂糖を献上した。その功績により「国内における砂糖の安定供給に関する独占販売権」という勅許を得ていたのだ。しかしその契約書には、価格設定に関する条項が一切存在しなかった。彼はその一点を突き、百年もの間価格を吊り上げ続けてきたのだ。


「問題の根幹は特定できました。ですがこの独占権を正面から覆すのは得策ではありません。勅許そのものに手を出せば、他の商人たちとの契約の信頼性まで揺らいでしまいます」

「ではどうするのだ。グラシエ伯爵の不正を、見過ごすしかないのか」

レオン様の声に悔しさが滲む。国の法を逆手に取ったやり方が、彼の騎士としての正義感に反するのだろう。


「いいえ、もちろん違います」

私はにやりと笑った。

「彼の土俵で戦う必要はないんです。私たちが新しい土俵を作ればいい。つまり代替となる、全く新しい甘味料を市場に投入するんです」


私は検索キーワードを切り替えた。

ターゲットは『開かずの倉庫』からデータベース化した、植物サンプルと古文書の山だ。キーワードは「甘味」「栽培」「高効率」。


膨大なデータの中から、一つの忘れ去られた植物の情報が私の目の前にポップアップした。まるで情報の海の中から、一筋の光が差し込んだかのようだった。


「……見つけました。これです」

私は羊皮紙に、その植物のスケッチを素早く描いてみせる。可憐な花弁と、水晶のような輝きを放つ茎。


「これは『蜜晶花(みっしょうか)』。数百年前に南方から持ち込まれたとされる植物です。茎から取れる蜜は砂糖の三倍の甘さを持ち、しかもこの国の南部の気候でも容易に栽培が可能だと記録されています。病気に強く収穫量も砂糖黍の倍以上。まさにパーフェクトな代替品です」


私の熱のこもった説明に、レオン様も目を見開いている。

「そんな都合の良い植物が、眠っていたというのか」


「ええ。どんな素晴らしいリソースも、整理整頓されず埋もれていては価値がありません。それを掘り起こし、最適化するのが私の仕事ですから」


私はそのまま一気呵成に、新たなプロジェクト計画書を書き上げた。

プロジェクト名は『国営蜜晶花栽培プロジェクト』。


栽培地は先日の税制改革に協力的だった、忠実な中小貴族たちの領地を選定する。彼らに新たな産業を与えることで、その忠誠心に報いることもできる。


国が主導して高品質な甘味料を安価で安定供給する。そうすればグラシエ伯爵の独占市場は、武力や法ではなく健全な市場原理によって、自然と崩壊するだろう。完璧な計画だった。


その計画書を携え、私は皇帝陛下の執務室を訪れた。

レオン様ももちろん一緒だ。


私の説明を黙って聞いていたアルベルト陛下は、計画書を読み終えると深く、満足げに息を吐いた。

「……素晴らしい。ミカ、君は本当に私の想像を常に超えてくるな」

その金の瞳は驚きと、そして純粋な称賛にきらめいていた。


陛下は椅子から立ち上がると、私のそばまで歩み寄った。

そしてその手が私の髪にそっと触れようとして――寸前のところで、ぴたりと止まった。陛下の瞳に一瞬、統治者と個人の間で揺れる複雑な感情がよぎる。その視線に私の心臓が、大きく跳ねた。


「君は武力ではなく、経済で敵を制圧するのか。その発想は私にも、この国の誰にもなかったものだ」

陛下は名残惜しそうに手を下ろすと、悪戯っぽく笑った。


「君への褒美はもはや金や物では足りんな。……いずれこの国そのものを与えてしまうかもしれんぞ」

その冗談とも本気ともつかない言葉に、私はどう返せばいいのか分からずただ顔を赤くするしかなかった。

隣に立つレオン様がわずかに眉をひそめ、陛下に対して牽制するような無言の圧力を放っていることに、私は気づかないふりをした。


「このプロジェクト、全面的に支援しよう。必要な予算も人員も、全て私が手配する」

陛下は力強く宣言した。

「君はただ、君の思うままにその才能を振るってくれればいい」


有能すぎる皇帝からの絶対的な信頼。それはどんな豪華な褒美よりも、私の心を奮い立たせるものだった。


こうしてこの国の甘くない砂糖市場に、革命をもたらすための甘くて刺激的なプロジェクトが、静かに幕を開けたのだった。

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