第13話 反逆の狼煙と『最適化』された晩餐会

私の懸念通り、『古き辺境伯』派閥の反発は想像を絶するものだった。

税制改革の勅命が公布されるや否や、彼らは一斉に王宮への出仕をボイコットした。自分たちの領地に引きこもり、公然と納税を拒否する姿勢を見せたのだ。


王都の貴族たちの間では「ついに内乱か」という噂がまことしやかに囁かれ、街には不穏な空気が立ち込めていた。


「どうする、ミカ嬢。彼らを力で屈服させるか?」


執務室でレオン様が苦虫を噛み潰したような顔で尋ねる。彼の率いる騎士団は、いつでも出撃できる態勢を整えているという。


「いえ、武力を使うのは最終手段です」


私は静かに首を横に振った。


「それでは陛下がおっしゃっていた通り、内乱になってしまいます。被害が出るのは結局、名もなき兵士や領民たちですから」


「しかし、このままでは国の示しがつかん」


「ええ。それに彼らはきっと、こちらが先に手を出すのを待っているんです。『圧政に苦しむ我々を、皇帝が武力で弾圧しようとしている』と、他の貴族たちの同情を誘う格好の口実になりますから」


「……汚い手を」


レオン様が吐き捨てるように言う。


「実に教科書通りのネガティブキャンペーンですね。だからこそ、こちらも彼らの土俵で戦ってはいけません。戦う場所は、私たちが作るんです」


私は不敵に微笑んでみせた。


数日後。

皇帝アルベルト陛下の名で、一通の招待状が全ての貴族の元へ届けられた。

それは「融和と対話」を目的とした大規模な晩餐会への招待状だった。もちろん、ボイコットを続ける『古き辺境伯』派閥の当主たちにも、例外なく送られた。


「ミカ嬢、これは一体……?」


レオン様が訝しげに尋ねる。

「彼らがのこのことやってくるとは思えんが」


「ええ、来ないでしょうね。それが狙いですから」


私は悪戯っぽく片目をつむいだ。


「彼らが来ないことで初めて完成する『仕掛け』があるんです」


そして晩餐会の当日。

王宮の大広間は、煌びやかな衣装に身を包んだ数百人の貴族たちで埋め尽くされていた。しかし会場の一角、本来であれば上座であるはずの『古き辺境伯』たちの席だけが、ぽっかりと無様に空いている。


その光景は誰の目にも、彼らが陛下に対して公然と反逆の意思を示している証拠として映った。会場のあちこちで「なんと無礼な」「陛下に対してあまりにも不敬だ」というひそひそ話が交わされている。


やがて皇帝陛下が姿を現し、晩餐会が始まった。

豪華絢爛な料理が次々と運ばれ、美しい音楽が奏でられる。しかし、その雰囲気はどこかぎこちなく、緊張に満ちていた。誰もが陛下がこの状況をどう収めるのか、固唾をのんで見守っていた。


食事が一段落した頃、陛下は静かに立ち上がった。

その声が響くと、会場は水を打ったように静まり返る。


「皆、今宵は集まってくれて感謝する」


「ご存知の通り、今、我が国は大きな変革の時を迎えている。そして、その変革に異を唱える者たちがいることも承知している」


陛下は空席となった『古き辺境伯』たちのテーブルを、冷徹な視線で見つめた。


「彼らは話し合いの席にさえ着こうとしない。それは実に残念なことだ。だが、私は彼らがなぜそうまでして旧来の権利に固執するのか、理解できないわけではない」


そこで陛下はふっと表情を緩めると、私に視線を送った。


「我が筆頭監査官ミカ・アシュフィールドの調査によれば、彼らの領地はここ数十年、決して豊かとは言えない状況が続いていたようだ。相次ぐ天候不順、作物の不作……。彼らは民を守るため、そして先祖代々受け継いできた貴族の誇りを守るため、必死だったのかもしれない」


そのあまりにも慈悲深い言葉に、会場がざわめいた。


「だからこそ私は彼らを罰するのではなく、救いの手を差し伸べたいのだ」


そして陛下は高らかに宣言した。


「筆頭監査官ミカ・アシュフィールドが立案した新たな計画を発表する! その名も『国土開発・農業改革支援プロジェクト』!」


その言葉と共に、広間の壁に巨大な魔法のスクリーンが出現した。

そこに映し出されたのは、私のスキルを駆使して作成した、完璧なプレゼンテーション資料だった。


『古き辺境伯』たちの領地が抱える土壌の問題点。水利システムの非効率さ。

そしてそれらを王家の最新技術と、私が『開かずの倉庫』から発見した古代の魔道具を使っていかに劇的に改善できるか。

地質データを三次元マップで可視化し、灌漑用水路の最適なルートを示し、収穫量が今後十年で最大三百パーセント向上するという詳細なシミュレーション結果が提示される。


それは非の打ちどころのない、完璧な事業計画だった。


「このプロジェクトの財源は、先日の税制改革によって新たに国庫に確保される予算を充てる! つまり、これは国に正しく税を納めた者だけが受けられる恩恵なのだ!」


陛下の言葉に、会場の貴族たちの目の色が変わった。

特にこれまで真面目に税を納めてきた中小貴族たちは、自分たちの忠誠がこんなにも素晴らしい形で報われるのかと、感激と興奮に打ち震えている。


「本日この席に来なかった者たちにも、もちろん、このプロジェクトへの参加資格は与えよう。ただし条件がある。第一に、新たな税制を受け入れ滞納している納税義務を果たすこと。第二に、このプロジェクトの監査を筆頭監査官ミカ・アシュフィールドに全面的に一任することだ」


それは慈悲深い提案の形をとった、最後通牒だった。

このあまりにも魅力的で、そして圧倒的に正当な計画を前に、彼らはもはや「否」とは言えない。


もし断れば、彼らは領民の未来よりも自分たちの不正な蓄財を優先する、強欲で愚かな領主だと国中に知らしめることになる。

民からの信頼を失い、他の貴族からも孤立する。それは貴族としての完全な死を意味していた。


完璧な詰みだ。

私は壇上で堂々と語る陛下の姿を見上げながら、心の中でそっと呟いた。


(政治とは情報のプレゼンテーション。いかに自分たちの正当性をアピールし、相手の選択肢を奪うか。……ああ、前世のコンペで嫌というほどやったわ、これ)


晩餐会は、割れんばかりの拍手と陛下への賞賛の声に包まれて幕を閉じた。

これは武力を使わない、最もスマートで、そして最も残酷な勝利だった。


その夜。

興奮冷めやらぬ王宮の一室で、私は陛下とレオン様とささやかな祝杯を挙げていた。


「見事だった、ミカ嬢。君の計画は完璧だった」


陛下が上機嫌でワイングラスを掲げる。


「君は彼らの反逆の狼煙を、彼ら自身の首を絞める縄に見事に変えてみせた」


「いえ、すべては陛下の素晴らしいスピーチのおかげです。私の作った資料も、陛下が使ってくださることで初めて意味を持ちますから」


「はは、言うようになったな」


私たちが和やかに話していると、隣にいたレオン様がふと真面目な顔で私に尋ねた。


「ミカ嬢。一つ聞いてもいいか」


「はい、何でしょう?」


「なぜ君は、そこまでしてこの国のために尽くしてくれるのだ? 君はやろうと思えばもっと楽に、静かに暮らすこともできたはずだ。それなのになぜ、これほど危険な役目を自ら引き受ける?」


そのあまりにも真っ直ぐな問いに、私は少しだけ言葉に詰まった。

本当の理由は、この体が前世の社畜根性を忘れられないからだ。目の前に課題があると、解決せずにはいられないただの性分。

でも、それだけじゃないという気もしていた。


私はワイングラスの中で揺れる赤い液体を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「……前世の私は、何のために働いているのか分かりませんでした。ただ毎日終わらない仕事に追われて、自分のしたことが誰の役に立っているのかも実感できずに……最後はあっけなく死んでしまいました」


それは私が、この世界で初めて口にする本当の弱音だったかもしれない。


「でも、今は違います。私が整理した倉庫からレオン様の騎士団を強くする装備が生まれました。私が整理した記録から、陛下が国を良くするための武器が生まれました。私の仕事が誰かの役に立って、未来を変えていく。そのことが、たまらなく……嬉しいんです」


言い終わると、部屋には静寂が落ちていた。

見ると、陛下もレオン様も、今まで見たことのないような優しく、そしてどこか切なげな表情で私を見つめていた。


「……そうか」


陛下が静かに呟いた。


「君は誰よりも、価値を生み出すことの喜びを知っているのだな」


レオン様もこくりと頷くと、不器用な手つきで私の肩にそっと自分のマントをかけた。


「……夜は冷える。風邪をひいては元も子もないからな」


そのぶっきらぼうな優しさと、マントから伝わる彼の温もりに、私の胸がまたきゅうっと締め付けられた。


この人たちのために、もっと頑張りたい。

そう自然に思える自分がいた。

穏やかなスローライフは、もうどうでもよくなっていた。この二人と共にこの国の未来を『お片付け』できるなら、それ以上の幸せはないのかもしれない。

そんなことを考えながら、私は二人の英雄からの温かい視線に包まれて、静かにワインを口に運んだ。

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