第4話:家臣は柴犬、庭は江戸城

 令和の時代に征夷大将軍を目指す。誰が聞いても完全に茶番。しかし田所はどこまでも本気だった。


 自宅に帰れば、彼の“幕政モード”はさらに加速する。


 玄関をくぐれば、まず目に入るのが庭の通路。そこには木製の立て札があり、筆文字でこう記されている。


 「松の廊下」


 幅1メートル。飛び石と砂利で無理やり“歴史風”に仕立てられたその道は、父の盆栽を片っ端から巻き込んでできていた。


「うむ……今日も松のたたずまいが素晴らしい……」


 誰もいない庭でつぶやく高校生男子。


 そして廊下の先で尻尾を振って待っているのが、飼い犬――柴犬の犬千代(いぬちよ)である。


「我が忠臣・犬千代よ、今日も異変なしや?」


「わんっ!」


「うむ……よい返答だ。褒美に味付けなしの干し芋を下賜する!」


 犬は普通に嬉しそうだが、たぶん名前が戦国武将由来なことには気づいていない。


 田所家の台所では、夕食の支度をしていた母親がふと振り返って言う。


「将宗、洗濯物取り込んどいてー」


「上意にて候! 拙者、急ぎ参る!」と敬礼して走る田所。


「……あの子、いつから戦国時代を生きてるのかしらねえ」


「たしか……幼稚園のころには語尾がござるになっていたかな」

 リビングで新聞を読んでいた父が答える。冷静だ。


 ちなみに、彼の部屋のドアには「御城内につき、無断入城を禁ず」の札が貼られている。チャイム代わりに「軍鼓」をスマホで鳴らすのが田所ルールである。


 そんな田所には、最近できた日課がある。桶狭間の戦い後に開設したブログ「幕府開府までの道のり」の運営である。


 「五十嵐殿は強敵であった。かような世の風を読まずして、いかに戦を制すというか。」


 強敵との戦いを経て田所はブログを開設したのである。主な内容は、日々の活動記録、他には幕府設立のための内閣府等へメール送信等もある。

 彼のブログ「幕府開府までの道のり」は、桶狭間の戦いによるバズりもあり、意外な人気を博していた。


 コメント欄の一部

 「将軍ワロタwwwでも行動力あるの草」

 「こういうの、嫌いじゃない」

 「内閣府にメールしてるの本当にやばい(褒めてる)」


 そしてある日。


 彼の元に、信じられない通知が届く。


 件名:【内閣府】ご意見ありがとうございます

  田所様

  

  お世話になっております。

  内閣府へのご意見送付ありがとうございました。

  以下の内容でご意見を受け付けました。

  送付いただいたご意見は今後の業務にさせていただきます。

  ━━━━━━□■□ ご意見内容 □■□━━━━━━

  お名前:田所 将宗

  E-Mail:●●@●●.co.jp

  電話番号:333-3333-3333

  管理番号:1234567890

  ご意見内容:令和における幕府の在り方について

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ※このメールはシステムからの自動返信です。


 

「ふっ……ついに政(まつりごと)へ、一歩踏み出したな」


 田所将宗(自称:令和初代征夷大将軍)、その野望は着実に広がり始めていた――。

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