鳴る米

「鳴ってるな・・・」

「ああ。確かに鳴ってる」


 慌てて隣の真壁に目を向けると、真壁も目を丸くして俺の方を見ている。男と見つめ合う趣味はないので、そっと視線を外して鳴海をみると、したり顔でこちらを見て、すごく嬉しそうだ。俺達の今の顔は、彼が期待したリアクション通りだったのだろう。


 さて。問題はこのタッパーである。

 中には米しか入っていないはずなのに、明確になにか音がなっている。


「これってさ。なんで音がなるか、わかってるの?」

「いいや。しらね。」

「そもそも、この米、どこで買ったの?」

「隣部屋のおばさんがくれたんだよ」

「ああ、いつも料理とかくれるって言ってたおばさんか、いい人だよな」


 これ絶対、こないだの会話、隣部屋からアパートの薄い壁越しに聞かれてるだろ、と思ったが、そこはそっとそのままにしておこう。ただ、謎を解く為にも、種明かしは必要だ。


「鳴海さあ、ごめん。ここここ米がブランド米とかいうのは嘘なんだ。ただのガセネタ」

「うん。知ってたよ。あの後、スーパーに行ったら古米の説明するポスターが貼ってあったからさ、すぐにわかった。

 でもさ、その後この米を隣のおばさんから貰って、そのまま枕元に置いといたら、夜中になんか音がするんだよ、ここここ、って。その時は音がすぐに止まったんだけど、袋を振ると、また音がするんだよ」


「そ、それってただのコクゾウムシとかが袋の中で大繁殖してるんじゃ・・」

「いや、虫とかも確認したけど、全くいなかったんだよ。でも音はする」

「で、俺たちが呼ばれたわけ? 正体みつけるために」

「そういうこと。ガセネタ仕込まれたお礼だよ。謎が解けるまで今日は帰るなよ」


 どうやら今日は鳴海に一本取られたみたいだ。

 この音がするタッパーの謎を解かない限りは、素直に今日は帰れそうもない。


「───観測しなければ、存在は確定しないよな。」

「なんだよそれ、害虫はシュレディンガーの猫ってか。そういう意味だと、この音が聞こえている、つまり観測できている時点で何かの存在は確定しちゃってないか」


 そうなのだ。この会話をしている最中にも、タッパーからはここここ、と謎の怪音が漏れ聞こえてくる。ああ、もうなんで透明のタッパー買わなかったんだよ。

 いや、透明だと怖い映像が観れてしまいそうな気もするから、これで良かったのかもしれないってああ、どうするんだよこれ。俺、虫だらけの米とか見たらもう米、トラウマで食えなくなるんじゃないか。あ、虫のせいじゃなかったんだっけか。


 そこから数分、相談という体の、ジャンケンをひとしきり終えた後、めでたく俺がタッパーを開けることなった。学の無い男が三匹いて、平等な解決手段を取ろうとすると、最終的に大抵はこうなる。


 かぽっ。


 俺は勇気を出し、つい寸前まで、ここここと怪音を出していたタッパーを勢いよく開け放った。

 開いたタッパーの中は、真っ白なお米がみつしりと入っている。それはさっき鳴海が容器を振る前と変わらない。念の為に、手ですいてみても、そこには虫の姿なんてまるでない。


 しかも、つい先ほどまで、ここここと聞こえていた音も、フタを開けた今ではまったく聞こえなくなっていた。


 これはどういうことだろう。さては何か仕掛けでもあるのかと、タッパーの底まで念入りにさらったが何も入っておらず、念入りにタッパーの裏まで見たが何も仕掛けはない。本当に100均で売っているようなただの大き目のタッパーだ。


「なあ」

「なんだよ」

「この米、もうこのまま今晩この部屋に置いておくのも怖いから、いっそみんなで全部食べてしまわないか?」


 突然、鳴海が恐ろしいことを言い始めた。

 ───俺はすっかり、これが食べ物だということを忘れていたというのに。


「正気で言ってる?」

「炊いちまえば平気だろ。見た目ただの米だし」

「腹とか壊さないか」

「平気だろ。炊いてみて、やばそうなら捨てればいいし」


 なんでお前等、食べることにそんなに乗り気なんだよ。その前向きさが今は怖いわ。


「あ、俺もう昨晩食べたよ、これ。普通の米の味がした」


 そこで、しらっと言いきる鳴海。

 ま、まあそうだよな。米、貰ったら炊くよな、普通。うん。


「よし、それじゃあ炊くか。」


 何故か妙にやる気っぽい真壁と鳴海の二人に、俺は強引に押し切られてしまった。なんだよお前ら、そんなにお腹空いてたの? あのさ、鳴いてたんだよ、この米。ワカッテルノカナ?


 彼の炊飯器は、一人暮らしだというのに何故か五合炊きが可能な大き目の電気釜。普段から大量に米を食べていたのだろうか、一般家庭が普段炊くにはちょっと多めの五合でも、この釜ならなんとか一気に炊けてしまいそうだ。


 さっきまで鳴き声がしていたものを食べてみる、という生理的嫌悪はあったものの、冷静に考えれば、米が鳴くなどということは科学的にあり得ないというのもまた事実。そこは俺も内心、それをよく理解してもいた。


 だから、鳴いてる米を食べてみよう、という一見気持ち悪い提案にも乗っかれたし、今、こうして、眼の前でシューシューと音を立てる炊飯器の前で、男三人で無駄話をして米が炊けるのを待てたりもしているわけである。


 ───しかし、その異変には、皆が程なく気がついた。


「音、してるよね」

「してるな・・」


 シューシューと蒸気音がする炊飯器から、別の音が漏れ聞こえてくるのだ。


 ───ここここ。ここここ。と。

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