厭な晩餐
ここここ。こここここ。ここ……
不規則に炊飯器から聞こえる怪音に、俺達はしばし目を合わせていたが、我慢しきれなかったのか、鳴海が口火を開いた。
「これで、米から音がしてる。ってことは確定だな」
「ああ。タッパーの方は無関係だ」
「よし。このまま炊き上がりまで放っておくか。」
「いやいや、気にならないのかよ」
「だって、米って炊いてる時にフタ開けるの禁忌だろ」
「今どきは5kgで4,000円するんだぜ、一粒も無駄にするのは勿体なさ過ぎる」
俺の指摘に、二人がすぐに言い返す。なんでそんなにこの米を美味しく炊くことに一致団結してるんだよ、お前等。普通に怪異だろ、この米。
そんな馬鹿な言い合いをしている合間にも、シューシューという蒸気音は減り、それに合わせて聞こえていた怪音の方も、いつの間にか止んでいる。
ご存知かと思うが、炊飯には蒸らし時間というものがある。つまり、音が止んだからすぐに炊き上がりとはいかないので、俺達はここから更に数分は待つことになる。
「冷蔵庫に生卵。そこの棚のレトルトカレーも喰っていいぞ。」
鳴海がおかずを提供してくれるようだ。正直、白飯だけ三合は男三人でも無理筋というものなので、おかずの存在は必須事項だ。なにせ今から怪異を退治するのだから、これぐらいの準備は必要だ。ありがたい。
「俺、予想なんだけどさ。この炊飯器の蓋、開けたら普通に米が炊けてるだけなんじゃないか、って思うんだよ」
「ああ。俺もそう思ってた。だって鳴海はもうこの米、既に一度食べてるんだろ?」
「食べたよ。でも普通の米だったぜ?」
「つまり、事実だけ積み上げると、この米は閉じ込めると鳴くけど普通に喰えるし腹も壊さない。ってわけだな」
食べても平気なことはわかっているのだから、後は簡単だ。食べてしまえば、───そう、消化してさえしまえば、もう音は聞こえなくなるだろう。
そこはどうやら鳴海と真壁も同じことを考えていたようだが、恐らく俺と同じく半分くらいは、怖さを誤魔化すためでもあるのかもしれない。
かくして。思い切り炊飯器を開けると、そこにはいつもと同じ白いほかほかご飯が詰まっており、なんら異常もないし、なんならもう一度蓋を閉じてみても、もうここここ、という異音が鳴ることはなかった。
念のために、米の中に何かいないかを、よく確認してみたが、それは普通に白い米であり、なんら怪しい点は見つからなかった。
───そこからはもう単純だ。
俺達は恐怖を「ひとまずなかったこと」にして、白いごはんを思い思いに丼によそうと、好き勝手にレトルトカレーをかけたり、生卵をかけたりして、小一時間で平らげた。こういう時、舌が安いことには感謝するべきなのだろう。なにか茶色いものがご飯にかかってさえいれば、白飯は無限に喰える。若い男というのはそういう生き物なのだ。
とはいえ、鳴海の家に着いたのが既に夕方、雑談をひとしきりして、米を炊いて、それを食べ切った頃には、すっかり日も暮れて、帰りの電車も終わっている時間になってしまっていた。腹いっぱいに米を食ったこともあり、眠気もかなりある。
かくしていつものように俺達は、鳴海の家に泊まることにした。
思い思いの格好のまま、狭い六畳間に男3人で雑魚寝をしていた深夜2時。
部屋の中から、なにかの気配がするのに気付いた俺は、目を開けずにそのまま部屋の気配を聴覚だけで探った。
ここここ。ここここ。
部屋の暗闇の中から、あの時と同じ、そう、ここここ米の音が聞こえてくる。
聞き間違えようも無い、今日は何度も何度も繰り返しこの音を聞いているのだ。
───どこから聞こえてくる音だろう。
程なく、音は右隣から聞こえてくるのがわかった。暗闇で目を閉じているため、聴覚がいつもより鋭敏になっているのが功を奏している。鳴海達とは川の字で三人横並びで寝ており、つまり今隣に寝ているのは、鳴海か真壁しかいない。そのどちらかの方から、音は聞こえてくるのだ。
米の入れてあったタッパーのことを思い出してみる。あれは確か、米を炊飯器に入れた時に台所に置きっぱなしにしたハズだ。今寝ている部屋には置いていない。なので、タッパーから音がなっている、という可能性はやはり無しだ。
ここ……。ここごごここ。
───二つだ。よく聴けば音源は二つある。
しかもタッパーに入っていた時の音と少し違い、いささか音が重く、あまり響かない重い入れ物に包まれているような、くぐもった響きがあった。
音は少しずれているが重なっており、つまりそれは音源が二か所にあることを示していた。一息飛びに、寝ぼけていた神経の覚醒度合いが高まる。
俺も「他の可能性を無理に探す」のはそろそろ止めようと決心がついてきた。
───わかっている。
もう充分に気がついている。
そう。この「ここここ」という怪音は、俺達のお腹から鳴っているのだ。
音は、明確に横に寝ている二人の身体から聞こえてきていた。
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