ここここ米

かたなかひろしげ

ここここ米

 俺の友達に鳴海という男がいる。

 それがどうにも最近、急に痩せてきているのだ。


 去年などは、もう少しこう、恰幅が良かったはずなのに、今ではどちらかと言えばもう、痩せている部類に入るのではないだろうか。


 興味半分、心配半分で理由を尋ねると、それは別に意識してダイエットしているわけでもなく、ただ単に、米が最近驚くほど高くなったから、あまり米を食べていない、というものだった。


 まあ確かに最近、米の高騰は凄まじいので、理解できる話ではあった。鳴海は今年から大学生の独り暮らし。恐らくそんな身分では贅沢する程の収入があるわけでもなく、米が高ければ食べるのを減らそう、となるのも頷ける。


 ところでこの鳴海という男、部屋にあるのはPCぐらいであとはベッドのみ、という非常にシンプルな生活を送っている男である。聞けば田舎でも似た生活を送っていたようで、横浜に出てきた今でも、非常に簡素な生活をしているわけだ。


 なんでも、たまにアパートの隣人が作りすぎた食事を振る舞ってくれることがあるらしいが、基本は質素な一汁一菜の生活を送っていると聞いている。


 「なあ聞いてくれ。最近では、"" ってのがあって、なにやら安いらしいんだ」


 テレビも無いので彼の世間話のネタは、基本的に俺たち友人経由か、インターネットニュースぐらいである。そんなこともあり、田舎でも簡素な生活を送っていた彼の一般常識は、いささかひどく欠けていることがある。


 嬉しそうに、ここここ米の存在について無邪気に語る彼に、果たして真実を伝えるべきか、隣にいる友人の真壁君と俺は目を合わせた。


「───ぉ、おう。そうだな。"ここここ米"、あるある。最近流行ってるよな。うん、ここここ米」


 俺たちは適当な返事をした。きっと、鳴海はここここ米についてよくわかっていない。隣の真壁が悪い顔をして、彼をからかいはじめた。


「実はここここ米というのはな、にわとりが作った米のことなんだ。だから、名前がここここ米。」

「へぇー。ってそんなわけないだろ。いくら俺が世間知らずでもそれぐらいはわかる。ただのブランド名だろ、ここここ米って。コシヒカリみたいなやつだ」


「なんだー、知ってたのか。そうそう、こここここ米ってブランド米なんだよ、ブランド米」


 真壁が悪い顔をしたまま、心にもない適当な相槌を打つ。

 しかも「こ」が一文字増えてるぞ真壁。適当過ぎるだろ。


「いいよなあ、ブランド米。俺なんていつも、適当な安いブレンド米だよ。一文字違いなのに、随分違うよな」


 真壁はまたも雑な嘘情報を鳴海に教え込むことに成功したようだ。いつもこうして真壁は、雑な嘘知識を鳴海に吹き込んでいるが、それを鳴海も半分わかってて付き合っているので、そう、これはいつものやりとりだ。つまり仲が良いので成立している慣れあい、というわけだ。


「じゃあ、ここここ米を見つけたら、真壁に買ってきてやるよ」


 基本、鳴海はいい奴である。当然、探してもそんなブランド米はあるわけはないし、探しているうちに、それの正体が古古古古米であることに気が付くに違いない。



 ───最後まで適当な挨拶で別れてから数日が経った頃。


 すっかりその場限りの嘘である、ここここ米のことなど忘れ去っていた俺達の元に、鳴海から連絡が来た。

 軽快な電子音と共にスマホに届いたメッセージには、


「みつけたんだ!ここここまい!!」


 と、だけ書いてある。

 いやいや、そんなブランド米は無いだろうから、最近国が払い下げた古米でも入手したのかね、などと真壁と笑いながら話をし、早速鳴海に会いに行くことにした。


 そうして俺達は再び、鳴海が暮らす安アパートまで行くと、鳴海はいつもの笑顔で俺達を快く迎え入れてくれた。彼が自慢したいものがある時の、いたずらっぽい笑顔だ。


 そこで彼が持ってきたのは、ビニール袋に入った米。

 そ、そうか、恐らく彼は真実を知ってしまい、俺達の嘘に気が付いてしまった。それでも俺達がちょっと安心したのは、前回嘘情報を吹き込んだ罪悪感があったからかもしれない。


「なんでそんな袋に入ってんだよ。ラベルとかわからないだろ、それじゃ」

「な、すごいだろ、ここここまい! この米、うちにあったタッパーとかの入れ物に入れてさ、軽く振ると、中から "" って音が鳴るんだよ、これ。」


 鳴海はラベルも貼られていないビニール袋を片手に、突然おかしなことを言い始めた。

 お、音が鳴る? 米は音なんか鳴らないだろ。楽器じゃないし、生き物でもないし。


 狐につままれたかのような顔をして、その場で固まる俺達を横目に、鳴海は陽気に仮称ここここ米を袋からタッパーに入れだした。


 ざざざーっ。


 彼が片手に持つビニール袋の中には、四合ほどの米が入っていたようで、注いだタッパーは、米でほぼ一杯になった。注がれたタッパーは半透明のプラ素材で出来ており、中に入っている米の状態はよくわからないが、白いものが入っていることは横から確認ができる。


 満面の笑みで鳴海はタッパーを構えると、それを上下に振りはじめた。


 ざっ。ざっ。ざっ。


 昼下がりの狭い六畳間のアパートの中、鳴海が米を振る音が響き渡る。

 それをじっとみつめる男二人。そう、俺達だ。


 ざっ。ざざっ。ざっ。


 一体なにやってんだ俺達、と思える時間が流れること数分。

 充分に米を振った鳴海はいたく満足した様子で、米の入ったタッパーを目の前のちゃぶ台の上にそっと置いた。


 鳴海が人差し指を口の前にして、しーっ、という仕草をしている。


 ここ。ここここっ。ここここっ!


 ───すると驚くことに、彼の言う通り、謎の音がタッパーの中から聞こえはじめたのだ。

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