猫と傘

真夜中歌乃

猫と傘


 ある雨の日、吾輩はどこぞの庭で途方に暮れていた。

 正確に言えば誰かの庭の隅で雨宿りをしていたのだ。


 吾輩は猫である。名前はまだない。必要とも思っていない。



 雨足が強くなると、突然、空から巨大な物体が舞い降りてきた。

 それは人間ひとが使う「傘」というものらしい。カラフルな模様がついていて、まるで巨大なキノコだ。


 傘は吾輩のすぐ傍に降り立った。驚いたことに傘は自立し、まるで生き物のように吾輩を見下ろしている。


「やあ、猫君。雨に濡れて困っているようだね」

 傘が話しかけてきた。吾輩は驚きで目を丸くした。傘が喋るなど聞いたことがない。


「お、お前は…...?」


「僕は雨傘だよ。君のような猫を雨から守るのが僕の仕事さ」


「雨から守る? 吾輩は猫だ。多少の雨くらいではへっちゃらだ」


「それはどうかな? この雨はすごいぞ。それに、君の毛並みは雨に濡れると重くなるから、歩くのが大変になるだろう?」

 傘の言うことも一理ある。確かに吾輩のふわふわの毛並みは雨に濡れるとすぐに重くなる。


「仕方がない。少しだけ、傘の下に入らせてもらおう」

 吾輩は傘の下に滑り込んだ。傘は吾輩を優しく包み込むように、傾いた。


「どうだい? 快適だろう?」


「まあ、悪くない。しかし、お前は一体何者なんだ?」


「僕はね、雨の精霊が宿った傘なんだ。雨の日には、困っている動物たちを助けるのが僕の使命さ」


「……さっきまで、この家のベランダに干されていたように見えたが」


「……」



 吾輩は傘の言葉を信じたわけではなかった。しかし傘は、吾輩を雨から守ってくれた。そして吾輩は、傘と一緒に雨の中を散歩した。


 傘は吾輩に様々な話をしてくれた。雨の国のこと、動物たちのこと、人間ひとのこと。吾輩は雨音が奏でる音楽を背景に、傘の話へ耳を傾けた。



 雨が上がると、傘は吾輩に別れを告げた。


「猫君、ありがとう。君と一緒に雨の中を散歩できて楽しかったよ」


「お前も、ありがとう。雨の精霊ということだが、またどこかで会おう」


 傘は風に乗り、空に向かって飛んでいった。吾輩は傘が飛んでいく姿を見送りながら、思わず笑いがこみあげてきた。


 雨の精霊が宿った傘。そんな馬鹿げた話があるだろうか。しかし、吾輩は傘と出会えたことを心から感謝していた。


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猫と傘 真夜中歌乃 @utano_mayonaka

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