第14話 技術
木剣を持ち、わたしはネェちゃんと対峙する。
ネェちゃんは相変わらずロングスカートのメイド服に身を包んでいる。
そんな状態でも木剣を持たせると、華麗に舞ながらわたしの攻撃を伏せぐのだから不思議だ。
「まだまだ。これでは試験は突破できませんよ!」
「分かっているってば!」
わたしも力をこめて木剣を振りおろす。
「力任せですね。それでは負けますよ?」
振り下ろした木剣はいなされ、大勢を大幅に崩した。
その隙を狙い、後ろから木剣で頭を小突かれる。
「はい。あなたは死にました」
「うう。強すぎるよ……」
「いえ。リンガーベル様が弱すぎるのです」
そうかもしれないけど、でもハッキリ言い過ぎだよ。
わたしの気が削がれるじゃないか。
ぶすっとしているとネェちゃんが困ったように頬に指を当てる。
「じゃあ少しやり方を変えてみましょうか?」
「どういうこと?」
すり鉢状の観客席。その中央だけが底抜けになっており、砂場になっている。
それが広大で十キロリほど広がっている。
いわゆるコロシアムと呼ばれる施設で、中央の砂場で闘技者同士が戦い合う。
入場料を支払った観客がそれを見守り、中には賭け事をしている者もいる。賭博はこの国では禁止されていないが未成年は参加させないのが通例となっている。
コロシアム自体は流血もざらにある。なので子どもにはあまり見せないようにするのが大人のマナーとされているが、今回は勉強に来ている。
子ども扱いされる年齢ではあるが、リンガーベルは自分を大人だと思っている。
コロシアムの試合が始まるとみんな釘付けになる。
男二人が剣を構え互いにいがみ合う。
その闘志は紛れもなく本物。
やがて口火を切ったようにぶつかり合う。
動きの一挙手一投足を見ながらネェちゃんの指導を受ける。
「あのように手首の力を抜いて剣を動かすのです」
「ほへー」
思わず気の抜けた声が出る。
だって技術が凄すぎて言葉を失いそうだもの。
あれを目にしたら自分の不甲斐なさが如実に分かるというもの。
これを見越してネェちゃんがここに連れてきたのだろう。
わたしの成長につなげるつもりね。
「戦いはイメージも大事です。まずは戦いを知りましょう」
そういうネェちゃんは真剣な顔つきで見ている。彼女自身、苦難を乗り越えてきたのだ。それだけの思いがある。
ゴクリと生唾を飲み下す。
本気で学ばねばアッシュの二の舞いだ。
彼のような犠牲者を出さないためにも強くならなくてはいけない。
わたしがまた時間遡行したら今度こそ救うために。
ただ力を誇示したい、誰かを従わせたい。そんな単純な話ではないのだ。
救うための力、それを欲しているのだ。
「彼ら強いね」
「そうです。彼らは戦闘のプロフェッショナルです。学ぶことは多々あると思います」
結論、学ぶことは多かったが、彼らほどの覚悟も技術もないことが分かった。
死を恐れないその姿勢は今のわたしには無理だ。
ただでさえ他人の死を怖がり、時間遡行した身だ。
そんな覚悟なんて持てない。
わたしはただの男爵家の令嬢だ。
騎士や、ましてはグラディエーターではない。
あんなの見せられたらわたしがちっぽけに感じてしまう。
翌日になり、再びネェちゃんと剣を交える。もちろん木剣だ。
わたしは木剣の切っ先を鋭く動かす。
「さすがリンガーベル様。昨日の刺激が良かったようです」
「あんなの見せられたら血が騒ぐって!」
あんな強い人たちがいるのだ。
わたしだって負けてられない。
今の地位にあぐらをかくほど、落ちぶれちゃいない。
わたしはわたしだ。
ノーマルエクス家の次期当主だ。
誰にも負けるわけにはいかない。
そう思えたのは誰のお陰か。
雑念を捨てがむしゃらに木剣を動かす。
「姫様がこんな戦い方を!」
ネェちゃんは驚いた様子で引く。
――今だ!
だがこちらの切っ先は宙を裂く。
「無鉄砲すぎますよ、リンガーベル様」
横合いから飛ぶように振りおろされた木剣が、わたしの木剣を叩き落とす。
「うう。また負けた」
「戦いは威勢が大事です。そこは大いに評価しましょう。ただ単純な動きになっていたので、次にどう動くか予測できてしまえます」
本能に身を任せてしまっていたということ。
簡単な動きになればなるほど、予測はしやすい。
「すみません」
「でも一昨日よりも動きにキレがあります。そのまま練習して行きましょう」
ネェちゃんは母性溢れる笑みを浮かべる。
まだ時間はある。
もっと強くならないと。
ネェちゃんが別の仕事をしている間に素振りと、座学をし試験に向けて研鑽を積んだ。
それでもまだまだ力及ばず、ネェちゃんに負ける日々が続く。
二週間もすれば木剣が手に馴染んできた。
手にできたマメを潰す毎日。
痛みにうめきながらも努力をする。
だが、
「脇が甘い。それでどうして倒せると思ったのですか?」
ネェちゃんの厳しいご指導のもと、木剣を振るう。
「なんのー!」
木剣を横合いから引き抜き、転ぶ勢いでネェちゃんの脇腹を狙う。
「筋がいいですね。ですが!」
別方向からの攻撃!?
背中から木剣が飛んでくる。
わたしは身体をひねるがかわせない。
ハッとした顔のネェちゃん。
飛んできた木剣は空中で止まる。
わたしは無様に地に転がる。
「ネェちゃん、今のは……?」
木剣が二つに増えたように見えた。
一つはネェちゃんの手、もう一つは背中から飛んできた。
どうなっているの。
「ふふ。少々、本気を出してしまいました。失礼」
ネェちゃんはスカートの端をつまみ、一礼する。
「今の、教えて」
「無理です。今のリンカーベル様では……」
技術が足りない、と言いたげだ。
「何を――!」
わたしは木剣を握る手のひらに力をこめる。
立ち上がり、ネェちゃんに斬りかかる。
「その威勢よし。しかし、技術が足りません!」
ネェちゃんは飛び上がり、切っ先をかわす。
しめた。
わたしは手のひらを返し、切っ先を上へ向ける。
「なっ。防御を捨てた!?」
ネェちゃんが驚きで声を荒げる。
いつもの敬語すら忘れてしまう始末。
だが、わたしにだって意地がある。
「負けない!」
わたしの木剣はネェちゃんの柔肌に触れる――そう思った瞬間、ネェちゃんの身体が分身した。
「なに!?」
わたしは今、目の前で起きたことが理解できずに戸惑ってしまう。
「いいでしょう。わたしの技術は、ミラーエクス。鏡を映す分身体です」
「ミラー、エクス……?」
「鏡のように自分の分身を生み出す技術のことです。蜃気楼はご存じですよね?」
「確か水分によって光の屈折を行う……」
「はい。その通りです。私は光を屈折させることで思いもよらぬ方向から攻撃をしたり、意表を突くことができます」
鏡のように屈折点を利用し、相手の姿を攪乱させる技術なんだね。
「でもそれだと分身体の方は実体がなくない?」
「そうです。これは見破られた相手にはほとんど効果を発揮しません。その割りには技術がものすごく必要です。マナを媒介とした屈折反応を起こさなければならないので」
「つまり、試験では使えない?」
「そうなります」
ネェちゃんは小さく頷くと、わたしに微笑む。
「だから、別の技術を磨きましょう?」
「……わたしも試してみていい?」
「無理ですよ。常人でさえ数年の時間を要します。ただでさえサボってきた姫様には……」
ネェちゃんは訝しげな視線を向けてくる。
「考えがあるの」
そう静かに告げると、いよいよネェちゃんの顔は強ばる。
今のままだとわたしは成長できない。
なら、この賭けに頼ってみるのも悪くないと思う。
だってわたしはリンカーベルなのだから。
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