第13話 一悶着
ジャックが帰ってから数日後。
わたしは受験に向けて再びセオが開いている書店に向かっていた。
隣にはネェちゃんが付き添っている。
相変わらず人を寄せ付けない店先だ。
まがまがしさすらある。
その扉をガラガラと開けて中に入る。
参考書の陳列された棚で目的の本を探していると、表で大きな音が鳴り響く。
ついで悲鳴が聞こえてくる。
わたしはちらっと表を見やる。
何やら問題が起きているらしい。
「リンカーベル様、どうなさいます?」
「……放ってはおけないでしょう? 仮にもわたしの土地だし」
領地の統治機構でもあるのが貴族の宿命だ。
領民の生命や財産を守る仕事もある。
そんな中、誰かが困っていれば助けるしかない。
どのみちわたしにスルースキルなんてない。
「どうかした?」
わたしは陳列棚から離れ、入り口付近にやってくる。
「なんだよ。そいつは?」
ガラの悪い禿頭の男が一人。その隣に大柄ないかにもマッチョな男が一人。
その手前で書店の店長でもある長身細身のセオがいる。
禿頭の男とマッチョな男がセオに文句を言っているらしい。
クレーマーかな?
「悪いが、ここでの長時間、立ち読みは禁止している」
セオは至って冷静らしい。
やっぱりクレーマーか。
「なんだと? そっちの店では普通に読んでいたぞ」
「ははーん。この書店はそんなサービスもできないほど、売れないんだな」
煽るような物言いをする男たち。
「勝手に言っていろ」
セオは相手をする気はないらしい。
「じゃあ、こうなってもいいよな!」
禿頭の男が本を引き裂く。
「!!」
「何やっているのさ!」
わたしは前に出てその男の手をつかむ。
「おいおい。この嬢ちゃんはなんだ?」
「へへ。けっきょう可愛いじゃないか」
男二人はわたしを強くつかむ。
「くっ。この領地のリンカーベルも知らないなんて」
「リンカーベル……」
「へっ? あのリンカーベル!? やらかし姫!?」
男二人は驚きで目を瞬き、すぐパッと離れる。
「ネェちゃん。この二人を捕まえて!」
「分かりました」
糸をシュッと取り出すネェちゃん。
銀糸は素早く飛び出し、男二人を絡め取る。
「なんだ。こりゃ!?」
「糸だ」
ネェちゃんの得意技は糸による拘束、あるいは切り刻むこと。
その能力はすさまじく、この領地では彼女が一番強いとも言われている。
「さて。憲兵に渡しますよ」
ネェちゃんは捕らえた二人を、しばらく後にきた憲兵に引き渡す。
「大変だったね。セオさん」
「ああ。あんな荒くれものまで現れるようになっちまった。やっぱりアッシュ様が亡くなったことが原因か」
ジャックの弟アッシュは統治するのがうまい方だった。
なんといってもカリスマ性が高く、わたしたち国民の怒りを静めたり、税金の見直しなど、抜本的な改革をいくつもしてきた。
そんな彼を失った今、わたしたちは混乱していた。
アッシュを救うために、わたしが時間遡行をできればいいのだけど、あれ以来その魔法は使えていない。
なんでかは分からないけど、魔法の発現にはコツがいるらしい。
何が要因なのか分からない以上、使い道がない。
そもそも使えない魔法をどうすればいいのか。
ちなみに時間遡行と言ったが、正確には違う。
時間を巻き戻すだけで平行世界・パラレルワールドが起きるわけじゃない。
ただ単に自分以外の世界が巻き戻るのだ。
簡単に言えば動画を撮影して、それを逆再生するようなもの。
だから平行世界やパラレルワールドが発生する余地はない。
という結論を生み出したが、それが絶対かどうかは分からない。
何せ、二回しか発動できていないのだから。
治安の悪くなってきたこの国は人脈の流出も確認されていく。
この国を捨てる者もいる。
それも能力の高い人々がより良い環境を求めて外国へ移民する傾向が強い。
国を立て直すにはそんな優秀な人材が必要なのに、だ。
「そう言えば、先ほどの女性の悲鳴は?」
「あー。ミット」
お店の中から小柄な女の子が現れる。
右腕には痛々しい包帯が巻かれている。
「うちの娘だ。さっきの大男に骨を折られたんだ」
セオは苦い顔をする。
ミットと呼ばれた女の子は一礼する。
金髪碧眼、可愛らしい顔立ちをしている。
「すみません。私のせいで」
「何を言っているんだ。ミットがいてくれたから、こうしてリンカーベル様も駆けつけてくれたんだ」
「うん。そうだよ。ミットちゃん、だっけ。無理はダメだけどね」
わたしはミットちゃんの頭を撫でる。
嬉しそうに目を細める彼女。
「そうだ。ミットちゃんに頼もう」
「?」
疑問符を浮かべるミットちゃん。
「王立学院の医学部に入るにはどの参考書がいいかな?」
ジャックの薬を調べているうちに興味の湧いた医学部。
わたしは治せない病気なんてないと思っている。
きっとまだまだ解明されていないことも多い。
誰かがやらなくちゃいけないことなんだ。
ミットちゃんが店内を慌ただしく駆け巡り、参考書を探してくれている。
「これと、これと、あ。これもいいかも」
小柄なミットちゃんが背丈を超える本を集めてわたしに持ってくる。
「……ええっと」
こんなに読み切れるかな。
二十冊はあるよ。
「すみません。全部じゃなくていいです」
「……いいよ。全部買う」
どの道お金はあるんだ。
全部買ってできるだけ勉強に役立てよう。
もう家庭教師もいないし、あとは独学で学ぶしかない。
だったら少しでもいいものを傍に置きたいじゃない。
書店さんのオススメなら勉強の甲斐もあるというもの。
「まいどあり!」
書店で買ったものはすべてネェちゃんに持たせ、わたしは大通りを歩く。
小腹空いていたので、お肉の焼ける匂いに導かれて露店を訪れていた。
串焼きを二本注文すると、わたしはネェちゃんに差し出す。
「ネェちゃんも食べる」
「いえ。滅相もない」
「いつも迷惑かけているから、ね?」
「今日は槍でも降るんじゃないかしら……」
こめかみが痛いのか、指でずっと押さえている。
「いいじゃない、たまの街なんだから」
「そこまで仰るなら……」
ネェちゃんは串焼きを受け取り、頬張る。
「ここの串焼きは秘伝のタレが美味しいんだよ」
わたしも頬張る。
甘さとしょっぱさが同居した最高の串焼きだ。
お肉も柔らかくほろほろと崩れる。
おいしいの一言に尽きる。
「そうだ。あっちのコロッケも美味しいよ?」
「……リンカーベル様、太りますよ?」
「……」
血走った目でネェちゃんを睨めつける。
「いえ。なんでもありません」
「良かった~。わたし、お腹空いたの~」
のんびりとした口調で返し、わたしはコロッケを二つ買う。
サクサクの衣に甘みの強い芋。少々はいっているタマネギと挽肉がシャキシャキ感と旨味を生み出している。
このコロッケもおいしい。
これでいて一ナナなのだから安いものだ。
「リンカーベル様って人徳ありますよね」
ネェちゃんは柔らかい声でわたしを見つめていた。
「そうなのかな? でも仲良くするのは好きだよ」
「そうですね。本当の意味で民を愛している」
ネェちゃんはかしこまったような言い方をしている。
どこか寂しそうで嬉しさがある儚げな笑みだ。
本気でわたしのことを考えてくれているらしい。
「そうだ。実技試験もあるんだよね。帰ったら、教えて。ネェちゃん」
「……いいですよ。ただし手加減はできませんが」
「それでいいよ」
「そういえば、リンカーベル様は剣術指南はサボりませんよね?」
「身体を動かすのは好きだからね」
こうしてネェちゃんと実技試験の約束を取り付けると、わたしたちは帰路につくのだった。
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