第2話 来日
いよいよ。王子様の来日の日がやってきた。
わたしはいつも通り歓迎会の準備を進めていた。
クラッカーに飾り付け。
お菓子やジュースだってある。
わたしは最高のおもてなしをする準備ができていると自負している。
そわそわした気持ちで屋敷前でうろうろする。
やがて馬車が現れ屋敷前に停止する。
「ジャック=シイラのおとーり」
すごい数の護衛を引き連れている。
数百はいるだろう。
さすが王子様。
引き連れている部下の数もすごい。
馬車の戸が開くと、顔面蒼白、もやしのような身体をした、無垢な少年が降りてくる。
ゲホゲホと咳をしながら杖をついている。
白髪で、紅い瞳。
背丈は低くて男らしくない。
身体もだいぶ痩せ細っている。
そんな彼を屋敷にお迎えする。
「さ。こっちだよ」
わたしは赤い絨毯の横から割り込む。
「誰だ。貴様!」
獅子王の紋章をつけた親衛隊の一人がそう叫ぶ。
「わたし、リンカーベル。彼をお迎えに来たの!!」
「いくらこの家主であれ、彼は王子様だ。無礼は許さん!」
親衛隊はわたしを捕まえようと躍起になるが、わたしはその手から身体を転がして逃げだす。
「あ。こら!」
逃げるのだけはうまいんだ。ごめんね。
わたしは王子様の目の前までたどりつくと、その痩せた手をとる。
「こっち」
「え。でも……」
「いいから」
「くそ。魔法を行使する。悪く思うなよ!」
重力魔法が展開される――が。
「それより早く動けば問題ないんだよね」
わたしは重力の網から逃れ、屋敷の、わたしの部屋へ向かう。
「くらえ!」
魔法は一人の人間に一つしか使えない。
今度は別の親衛隊が空間を歪ませる。
「こんな幻術」
精神に効く精神魔法の一種だった。
でもメンタルの強いわたしには関係ない。
「ああ。またリンカーベル様がやらかした……」
メイドさんが呟く。
すぐさま屋敷の、飾り付けをしたわたしの部屋に連れ込む。
「こんなこと、マズいよ」
わたしを気遣うように呟くジャック。
「別にいいじゃない」
わたしの部屋に案内するとジャックは驚く。
「すごい飾り付けだね。素敵だー」
「ふふーん。分かっているじゃない。そうよ。あなたのために用意したのだから、感謝なさい」
「うん。ありがと!!」
なんだか調子が狂うな。
ネェちゃんとかなら「はいはい。分かりました」って答えているのに。
「これ、持ち帰っていい? 終わったら剥がすのでしょ?」
「え! そんなたいそうなものは使っていないよ?」
「それでもいいの。僕が気に入ったんだ」
鼻歌交じりに壁の飾りを手にする。
「そうだ。ケーキがあるんだ。食べよ?」
ふるふると力なく首を振るジャック。
「ダメなんだ」
「どうして?」
「僕は身体が弱いから。だから食事制限をしているんだ」
力なく笑う彼。
「そんなの、可笑しいよ。おいしいものはたくさん食べないと!」
わたしは冷蔵庫からケーキを取り出し、目の前で切り分ける。
「さ。食べて!」
「ええ。でも……」
躊躇うように手を振る。
「食べて!」
「う、うん……」
ジャックは押し流されるがまま、ケーキをフォークで切り分け、口に運ぶ。
「おいしい……」
一瞬顔が強ばったと思ったら、急にとろけだす。
「こんなにおいしい料理は初めてだよ」
「そう? でもちょっと焦がしちゃった」
「キミが作ったの?」
「うん。わたし、リンカーベル。リンって呼んで」
「僕はジャック。リンちゃん、よろしくね」
「ふふ。同い年の友達、初めてだから嬉しい」
「僕も初めてだよ~」
優しい顔をするジャック。
こんな顔もするんだ。
ジャックに来客用の部屋を案内すると、疲れてしまったのかベッドで眠りこけてしまう。
「リンカーベル」
こめかみに青筋を立ててわたしをしかりにきた父上。
「ええっと。ははは」
乾いた笑いが漏れる。
「こっちへこい」
「いやだ!」
わたしは父上の手をかわし、すぐさま厨房に向かう。
彼の夕飯はわたしが作るんだ。
何かしたい気持ちを抑えきれずに、走りだす。
「くっ。我が娘ながらよけるのがうまい」
「そんなでかい図体じゃ、捕まらないって」
わたしはケラケラ笑いながら、廊下を走る。
ふと小さな声が聞こえてくる。
「部隊編成はこんなものでよいか?」
「はい。構いません。ありがとう。ブドー」
「いえいえ。アッシュ様のバフ効果、期待していますよ」
「ブドーそれはこっちの台詞ですよ。あなたの闇魔法、期待しています」
そっか。
万能薬はこの近くにある紅のダンジョンにあるんだった。
そのための会議が行われているみたい。
聞き耳を立てていたら、
「見つけたぞ。リンカーベル」
父上に捕まるわたしだった。
こってり六時間ほどお叱りをうけている間に、ジャックは夕飯を済ませ、弟アッシュは親衛隊と一緒にダンジョンに向かったとのこと。
心残りは大きいが、わたしにできることをしよう。
ちなみに親衛隊の半数はここにとどまり警護をするらしい。
なんだかやりづらいなー。
わたしはジャックの寝ている部屋に潜り混むと、彼の寝顔を見つめる。
「不憫ね」
それだけを残し、自室へ戻る。
深い眠りはなかった。
ずっと夢の中で変な気分を味わうのだった。
ジャックが死ぬ夢。
アッシュが死ぬ夢。
わたしが死ぬ夢。
未知の病気が蔓延する夢。
わたしを拒絶するジャックの夢。
引き裂かれた大地が、屋敷を砕く夢。
なんだろう。この夢たちは。
わたしの知らない何かが伝わってくる。
ツーッと涙を流しながら、起き上がる。
もう朝らしい。
疲れはあまりとれていない。
でも起きないと。
彼の朝ご飯くらいはわたしが作る。
なんだか分からない使命感に突き動かされながらも、厨房に向かう。
そこには料理長がすでにメニューを考えていた。
「わたしが作るよ。料理長」
「リンカーベル様!?」
「聞いていた?」
「聞いていました。でも、わたくしが作ります」
お粥や薬膳料理の本を開いているあたり、料理長は分かっていない。
「そんなんじゃ栄養にならないって。いつも通りお肉の素揚げがいい!」
「姫様が食べるものじゃないでしょう!?」
でもだからって病人らしく扱うのは違うじゃない。
「そんなんだからお肉がつかないのよ」
わたしは豚肉を取り出すとたっぷりの油を熱した鍋にぶちこむ。
揚がった肉にはニンニクとコショウを効かせた最高の料理にする。
「ああ。お高いコショウをそんなに使うなんて……」
料理長はなんだか青ざめた顔をしていたけど、今使わなきゃいつ使うのさ。
わたしは料理をお皿にのせてジャックのもとに向かう。
「ジャック~。朝ご飯だよ」
「待ってください、姫様」
料理長までついてきちゃった!
「うぅん。おはよう」
「あのジャック様が、しゃべっている……」
ぽかーんとした顔を浮かべている料理長。
「さ。たーんとお食べ」
わたしは自信満々の肉料理を差し出す。
「ええと。これは?」
「朝ご飯!」
「姫様、健全な男子でも朝はそんなに食べませんって」
「そうなの?」
わたしは思わず料理長を見返す。
「ううん。頂くよ。せっかく作ったんだし」
フォークとナイフを手にしたジャックは小さく切り分けて口に運ぶ。
「おいしい。もっと食べたい!」
「ジャック様……」
「今度からはこういった料理もいいかも」
「だって。料理長?」
「……分かりました。ジャック様がそう仰るのなら」
渋々と言った様子だけど、了解してくれたみたい。
やっぱりわたしはまちがっていない。
最高の朝ご飯を提供できたよ!
嬉しさのあまり飛び跳ねるわたし。
「ふふ。お昼も楽しみにしていてね」
「リンカーベル様、また作るおつもりですか?」
鼻歌を歌いごまかすわたし。
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