やらかし姫

夕日ゆうや

第1話 王子の来日

「また泥だらけで帰ってきたのですか! リンガーベル様」

「ごめんね、ごめんね~」

 わたしはお風呂場に向かうとメイドのネェがため息を吐きながら床磨きをしている。

 泥をついた素足で歩いたせいらしい。

 わたしのことか!

「テヘペロ」

「もう! リンガーベル様!」

 ネェが憤怒の顔で箒を叩き割る。

 わたしが間違ったことをするなんてありえないけどね。

 ふふん、だ。

 お風呂で汗を流すと、わたしは自分の部屋に駆け込む。

「もっふもっふ!」

 天日干しされたばかりの布団にダイブする。

 ふっかふっかだぁ~。

 ノックの音が聞こえる。

「リンガーベル様、お食事ですよ」

 不機嫌そうな喉を震わせてメイドのネェが入ってくる。

「ネェって笑うことある?」

 こめかみに青筋を立ててわたしの首根っこを摑まえる。

「さっさと行く!」

 わたしってば、また余計なことを言ってしまったみたい。

 いつもそう。

 わたしはこの屋敷で問題児扱い。

 まるで毎日わたしが自分勝手みたいな言い方をしてくる。

 ただの自由人なのに。

 でも、そんなわたしでも思っていることがあるもの。いいじゃない。

 楽しいことがしたいもの。

 わたしは何にも縛られるつもりはないから。

 父と母が真顔で食事と向き合っている食堂を通り過ぎ、わたしは厨房に向かう。

 そこで運ぶ予定だった料理を手にする。

「姫様、そんな仕事はわたくしどもがします」

 料理長が焦った様子でわたしを見てくる。

「だーめ。わたしは自分のできることをするのっ」

「姫様」

 脱力したように呟く料理長。

 自分の分の料理を食堂に運び入れると、わたしは下座に座る。

「遅いぞ」

 父上が嫌みたらしく上から目線で言うが、気にしてはいけない。いつもこうだもの。

 ワクワクした気持ちで銀のクローシュを持ち上げる。

 中には前菜のサラダがあり、わたしはフォークを手にして食べ始める。

「うん。さすが料理長」

「お褒めにあずかり光栄です」

 料理長は深々と頭を下げる。

「料理長。娘を甘やかさないでおくれ」

「そうよ。それに使用人のクセに我ら貴族に働かせるか?」

 母上と父上の憤怒に満ちた視線が料理長を攻撃する。

「い、いえ。滅相もない」

「なんで謝るのよ。わたしがやりたいことをしているだけなのに」

「はん。お前は自分が男爵家の跡取りだぞ。自覚を持て」

 自覚って言っても……。

 わたしも料理長も、みんな同じ人間じゃない。もちろん領民も、王様だって。

「そうだ。明日、急遽王子様がお見えになる。礼儀を忘れるな。あと料理長は仕込みをしてくれ。食費は気にするな。街で好きなだけ見繕ってくれ」

 父上が料理長に指示を出す。

 それってなんだか違わない?

「かしこまりました」

 料理長はまたも深々と頭を下げる。

「あー。いやだいやだ。堅苦しいって」

 わたしはそう呟き、メインディッシュの魚のムニエルに手を伸ばす。

「呆れた。まだそんなことを言っているの? リンカーベル」

 母上は心底不快そうにわたしを見つめてくる。

「だってみんな不平等に扱っているじゃない。どうせ王子って人も天狗になっているのでしょ?」

 コーンスープを飲み干しとわたしはすぐに台所に向かう。

 歯を磨くためだ。

 支度を済ませると、いつも通り領地である街に繰り出す。

 いつもの町並みを見てホッと安堵する。

「おう。リンお嬢様、うちの串焼き食っていくかい?」

「あら。リンちゃん。うちの魚買っていかない? お安くするよ」

「リン様、おお、リン様」

 この街の人々はわたしに優しい。

 そして何よりも気さくに話しかけてくれる。

 それがたまらなく嬉しい。

 わたしをいい意味で男爵家のご令嬢として扱わない。

 ここではわたしは一人の女の子になれる。

 そんな気がする。

 色目を使う人なんていない。

 まあ、男爵家ってあんまり地位が高くないのもあるのだけどね。

 買い物が終わるとわたしは自宅に帰り、戦利品を料理長に手渡す。

 料理長は困ったように頬を掻きながら受け取っていた。

「まったく、リンカーベルお嬢様はいつになったら大人になるのだ……」

 ぼそぼそとした呟きが聞こえてくる。

 わたしのことを馬鹿にするような内容だ。

 まあ心の広いわたしには関係のないことだけどね。

 じゃあ、午後の見回り行きますか。

 わたしはスカートで手をゴシゴシと拭いて、最後に鼻の下を掻く。

 へへへ。

 やってやるわよ。

 わたしは気合いを入れ直して、屋敷の中を見て回る。

 と言っても、わたし自身には対した権限もないのだけど。

 やがて書庫にたどりつくと昔お母様に読んでもらった『魔法図書』を手にする。

「聞いたか。五日後に王様が来るらしい」

「えっ。なんで?」

「なんでも王子様がこの土地に眠る万能薬を手にするため、らしい」

「万能薬? 身体でも悪いのか?」

「お前は何も知らないんだな。ピート」

「ああ。すまん」

「王子様は生まれつき身体が弱くてな。なんでも生まれてからほとんど表にでたことはないらしい」

「そんなおかわいそうに……」

「書庫では静かにしてもらえるかしら?」

 わたしは一通り聞き終えるピートとヘンリーに口を酸っぱくする。

「「すみません」」

「罰として、全てを話なさい」

「い、いえ。しかし……」

 ピートがうろたえる。

「いいだろう。別に」

 ヘンリーは軽い気持ちで王子様のことを話し始める。

 なんでも王子様はわたしと同年代で、弟がいる。

 名前はジャック=シイラ。

 万能薬というのはこの土地の女神様が作った秘宝と呼ばれている。

 街外れのダンジョンにある湖畔に万能薬があると言われている。

 前々からその泉には何かあると噂されてはいたけど。

 でも本当に効果あるのかな。

 それに泉にある草でも調合すればいいのだろうか?

 うーん。

 分からないことだらけだ。

 でもわたしと同い年かー。

 遊べたらいいなー。

「リンカーベル様。満足いただけたかな?」

 お調子者のヘンリーが眉根を下げる。

「うん。ありがとうね。お父様にも聞いてみる」

「あ。今は止めた方がいいですよ」

 どこか浮世離れしたピートが眉根を寄せる。

「? どうして?」

「王様ご来日の準備で忙しいので」

 ああ。なるほど。

 王様を呼ぶ、ということは最高のおもてなしが必要だということ。

 寝食に、近くの観光名所の案内、何よりもダンジョンへの部隊編成。護衛。

 様々な事柄が一気に湧いて出てくる。

 その士気をするのが男爵家の長であるお父様になる。


 自分で調べるしかないか……。

 わたしは他の事情を知っていそうなメイドや料理長などに次々とアタックしていく。

 好きな食べ物はワカメで、あまりベッドから動いたことはない。

 身体が弱い。

 持病のせいであまり遊んだ経験がない。

 いつもベッドの上で静かに本を読んでいるらしい。

 病気で運動は禁物。

 身体を動かすことはあまりない。

 品行方正で、紳士的。

 女子とのからみはほとんどない。

 カメの小太郎を飼っている。

 性格は穏やかで、引っ込み思案。

 若干、人見知りでシャイなタイプ。

 少しからかいがいがありそうだ。


 こんなの調べてなんになるのだろうか。

 ジャックはあと少しで万能薬で回復するのだ。

 わたしが出る幕はない。

 そもそも、彼は療養に来たのだ。

 遊んでいる訳にはいかない。

 でも万能薬が見つかるまでは暇だよね。

 なら、わたしのすることは一つ。


 思いっきり遊ぶ!!


 わたしは王子様と一緒に遊ぶのだ。

 それでいい。

 彼がどんな人か知らないけど。

 でも悪い人ではないのだと思う。


 まだ魔法を使いこなせていないわたしでもできること、あるよね?

 ふふ。楽しみに待っていなさい、ジャック=シイラ。


「リンカーベル様、危ないですよ!」

 わたしは屋上の風を目一杯浴びながら計画を立てていく。

 ジャックを楽しませるための準備が……。

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