第3話 四つ葉のクローバー

 お昼ご飯を済ませると、わたしはジャックに着替えるように言う。

「どうしてそんなことを?」

「だって遊びたいじゃない」

「無理だよ。僕、身体が弱いから」

「大丈夫。楽しいから」

 わたしががんとゆずらない。

「いいから着替える。わたし、外にいるね」

 そう言って来客間から出る。

 しばらくするとトントンとノックする音がする。

「着替えた?」

「うん」

 そこにはスマートに着こなすジャックの姿があった。

 こうして見ると、以外とイケメンなのね。

 わたしは苦笑をしつつ、彼の手を引く。

「それじゃあ、中庭で四つ葉のクローバー探しだ!」

「うん」

 あまり気乗りしていない彼だけど、わたしは気にしない。

「こら、リンカーベル様。王子様を休ませてあげて」

 そんなメイドたちの声を聞くが止まる時間なんてない。

 残り僅かな時間を楽しい思い出でいっぱいにするんだ。

 わたしがいるからには楽しめなくちゃ損損。

 わたしは中庭にたどりつくと、ジャックに向きなおる。

「どう? いいところでしょう?」

「そう、だね……綺麗だ」

 ぼーっと呆けている彼。

 そんな彼を見ているだけでちょっと嬉しい。

 やっぱり連れてきたかいがあったというもの。

 わたしはさっそく芝生の上に寝転ぶ。

 暖かな陽光がさす。

 低木やバラ、様々な花が咲き誇る中、わたしは横になる。

「ほら。ジャックも」

「あ。うん」

 ジャックも芝生の上に寝転ぶ。

「いいかも」

「でしょ!!」

 ジャックの嬉しそうな顔にこっちまで嬉しくなる。

 こんな時間がいつまでも続けばいいのに。

 同い年の友達ってこんなにいいんだ。

 小一時間くらい寝ていると、思い出したようにそこら辺の草を見つめる。

「四つ葉のクローバーない?」

「四つ葉?」

 ジャックは知らないといった顔で応じる。

「ええっと。葉っぱが四つあるクローバーなんだけど。幸運の象徴らしいよ」

 きっと四つ葉のクローバーを見つければ、ジャックの病気も治るよね。

「うーん。見当たらないよ」

 泣き言をいうジャック。

「もうちゃんと探してよ」

 はーっとため息が漏れる。

 まだ探し始めて二十分だというのに、なんてメンタルの弱さなんだ。

「ジャックは甘えすぎ。二時間くらい探してから言って」

「もう、経ったよー」

「まだ二十分だよ!」

 ぶーすかと愚痴を垂れ流すジャック。

 本当、箱入りなんだから。

「しっかりしなさい」

「うん……」

 渋々作業に戻るジャック。

「あれ? これ……」

 ジャックの動きが止まる。

 もうまた休憩?

「リンちゃん」

「なによ?」

「これじゃない? 四つ葉のクローバー」

 彼の目の前には四つの葉っぱを持つクローバーが確かにあった。

「そう!! それ!!」

 わたしはギュッとジャックに抱きつく。

「えと」

「さ。とって」

「う、うん」

 ジャックはクローバーをとると、頬を緩ませる。

「さ。次は押し花だよ」

「おしばな?」

「うん。植物を長く保存するための方法なんだ」

 この子はあまりにも物事を知らなすぎる。

 世間を知ってこそ、本当の王様になれるというのに。


 屋敷に戻ると、ジャックと二人でクローバーの押し花を作る。

「あとは数日待つだけだね」

「そうなんだ。リンちゃんは物知りだよね」

「そんなことないよ。むしろジャックが知らなすぎ」

「今度はかくれんぼしよ!!」

「ええっと。ちょっと疲れた」

「もう。体力なさすぎ!」

「ごめんてば」

 誠心誠意謝るジャック。

「分かったよ。じゃあ、本よんで?」

「うん。いいよ」

 来客用の部屋に戻ると、わたしはジャックの声に耳を傾ける。

 彼は本を読むのが好きらしい。

 よどみなく読み進めていく。

 その念仏のような声にわたしはうとうとしてしまう。

「もう。せっかく読んでいるのに」

 ジャックはそう言いつつ、毛布をわたしにかけてくれる。

「風邪をひいても知らないぞ」

 わたしは完全に意識を手放した。


 起きると、そこには寝静まったジャックがいた。

「今、何時?」

 わたしは立ち上がる。

 毛布が滑り落ちる。

 壁にかかった時計を見ると夜六時。

 そろそろ夕食の時間だ。

 わたしが作ろうと思っていたのに。

 もうできあがっている頃だろう。

 あの生真面目な料理長ならあり得る。

 コンコンとノックする音が聞こえる。

「そろそろ夕飯ですよ。起きてください」

 扉を開けて入ってきたのは妙齢の親衛隊が一人。

「あ。はい。起きています」

「わたくしは王子殿下に言いに来たのです。あなたは違う」

「でもこんなにすやすや寝ているよ?」

 盛大なため息をもらす親衛隊のダン。

「わかっておりませんな。いつもの時間に食事をして、いつもの時間に寝る。それが規則正しい生活というもの」

 ダンは毅然とした態度で言い放つ。

「違うよ。毎日、違うのが当たり前だから。天候だって毎日違うでしょう?」

「詭弁だな。お前は何も分かっていない」

「分かっていないのはそっちでしょう? はげ頭」

「~~~~っ!!」

「ぷっ」

 寝ていたはずのジャックが吹き出す。

「ダン、キミの負けだ」

 ジャックはそう言いながら上体を起こす。

「起きていましたか。王子殿下」

「いやー。さすがリンちゃん、やってくれるね」

 意外とはっきり言うタイプなのかしら。

「ダン、下がって。僕はリンちゃんと一緒に食堂に行く」

「おおせのままに」

 ダンはそう言い去っていく。

「僕は自由が欲しいだ。また遊んでくれる? リンちゃん」

「もちろんだよ。さ、食堂いこ?」

「うん。そうだね」

 廊下を歩きながら食堂に向かう。

 この屋敷の欠点は来客用の部屋から食堂までが遠いことだ。

 お風呂やトイレには近いのだけどね。

 なぜか食堂と厨房だけ遠いのだ。

 食べに行くにも体力が必要だ。

 まあ、給仕係が部屋まで運ぶこともできるのだけど。

 彼はそれをしようとはしなかった。

 本人曰く、体力をつけたいとのこと。

 本人たっての希望となれば親衛隊も口を挟めないらしい。

 徐々にパワーバランスも分かってきたぞ。

 だったらジャックが納得するような遊びを教えていけばいいんだ。

 親衛隊の名前も、ダン、ビリー、アイク、カインといったメンバーが権力を持っているらしい。

 彼らはジャックを守るためなら何でもする可能性がある。

 気をつけねばならない。


 食堂にたどりつくと、ふわっと香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。

「おいしそうな匂いがするね」

 ジャックが朗らかに言ってくる。

「そうだね。うちの料理長、気難しいけど、料理の腕前はピカイチだから」

「ピカイチ!! 久しぶりに聞いた」

 楽しそうに笑うジャック。

 確かに最近言わないよね。

 わたし、古い人間なのかしら?

 まだ十五だけど!


 食事が並ぶとジャックは目をかがやかせる。

 いつもの精進料理ではなく、肉がずらりと並んだがっつりとしたものだ。

 ちなみにこの領地では牛肉がメインである。

 放牧をしたりミルクを搾乳したり。

 そんな家畜を飼うのが当たり前な地域なのだ。

 うちの家系も元々は牧師から始まったと聞く。

 名産を口に運ぶジャック。

「うん。おいしい」

「お褒めにあずかり光栄です」

 料理長が帽子を手にペコリと一礼する。

 とても嬉しそうな顔をしている。

 コショウと塩だけで整えたシンプルなステーキだけどね。

 もともと持つお肉の旨味だけで勝負に出たらしい。

 わたしもステーキを頬張る。

 さすがヤスモトさんの家の牛肉。

 旨味が違う。

「これ。王都にも持っていきたいなー」

「なら、契約しませんか?」

 料理長はそう言い、手を揉む。

「うん。でも僕の一存では決められないんだよね」

 王子とはいえども商人ではない。

 なんでもかんでも彼に権利があるわけじゃない。

 それでパワーバランスがとれているのなら、文句は言えない。

「今度、いい商人を紹介するよ」

「ははぁ」

 料理長がうなずく。


 明日はどんな遊びをするか、悩んでいる間に食事は終わった。

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