第9話 華麗なる(?)舞踏会開幕!①

 舞踏会当日の王宮は、いつにも増して煌びやかな装いに包まれていた。大理石の床に映えるシャンデリアの光。あちこちで軽やかに交わされる挨拶や笑い声。まるで夢のような空間だ。しかし、その華やかさに浸っている余裕は私にはほとんどなかった。


 大ホールの入り口に一歩足を踏み入れると、途端に周囲の視線がこちらに集中する。いや、私だけに限らない。隣に控えているのは兄のレオンハルト、そして後ろには父のヴォルフガング・フォン・グラディスと侍女のノエル。これだけインパクトのある面々が揃えば、人目を惹かないほうが不自然かもしれない。


「お嬢様、すごい注目ですね。やっぱりこの深紅のドレス、最高に映えてますわ!」


 ノエルが後ろから嬉しそうに囁く。私も「確かに目立つわね……」と苦笑するが、同時に背筋を伸ばして誇り高く振る舞う。ドレスの裾は重たいのに、ここまで来たからには怯んでなどいられない。


「リリエッタ、なんだか顔が真剣すぎるぞ。もっと余裕をかましながら歩くといい」


 兄が私の表情を指摘してくる。人前でそんなことを言われると恥ずかしいけれど、確かに私は内心で大きな決戦に臨む兵士のような気持ちになっていた。もう少し優雅な雰囲気を出さないと、周囲の貴族たちが「公爵令嬢って怖い……」なんて思ってしまいそうだ。


「大丈夫よ。ちょっと緊張してるだけ。それに見て、周りの人たち、私の衣装を絶賛してるわ。『やはり公爵令嬢は美しい』なんて声が聞こえる」


「そりゃそうだとも。おまえに比べれば、そこらの軟弱な令嬢は見劣りするはず。だがこの家族で集まると、どうしても俺たちの“オーラ”が強すぎるな」


 レオンハルトが周囲の様子を伺いながら言う。その目線の先では、モブ貴族たちがヒソヒソ話を交わしつつも、大きく距離を取っているのがわかる。そこには明らかな恐れのようなものも混じっているが、一方で興味津々という視線も隠せないらしい。


「……まったく、緊張するどころか騒がしそうだな」


 低い声でぼやいたのは父ヴォルフガング。普段は言動が過激だが、私が必死に説得したおかげで、今日はさすがに大人しい。身に纏った正装のせいもあり、普段ほど“今にも剣を抜きそう”な危うさは減っている……が、それでも周囲には十分に威圧感を放っている様子だ。


「父さま、絶対に殴り込みなんてしないでよ。殿下やコーデリアとか、後で何かあっても私が対応するから。ね?」


「わかっておる。余計な手出しはせん。だが、もしおまえが酷い目に遭わされそうになったらすぐに呼べ。多少の血の雨くらい、わしが止めてやる」


 多少の血の雨という物騒なフレーズが飛び出して、私は思わず頭を押さえた。そんな父を前に、モブたちがザワッと引き気味なのが横目で見て取れる。「あれが狂犬公爵か……やばい、近づけない」といった心の声が聞こえてきそうだ。それでも彼らは好奇心を捨てきれないのか、ちらちらと視線を送ってくる。


「しかし、妹よ、すごいドレスだな。さすがに父上も目を丸くしてるじゃないか」


 レオンハルトが隣でクスクス笑うので、私はつい目を逸らしながら「何よ、失礼ね」と返す。確かにこの深紅のドレスはいつになく刺激的。きらびやかな宝石を散りばめずとも、サテン生地の艶やかさだけで充分注目を集められるとノエルが太鼓判を押してくれた。結果、まさに「華麗なる」仕上がりになったのは自覚しているが、兄に茶化されると恥ずかしい。


「お嬢様、本当にお似合いです! 回るたびに裾が咲くように広がって、お嬢様の美しさを存分に引き立たせるんですよ。ほら、みんな見惚れてます!」


 ノエルの盛り上げっぷりに、私は「ほどほどにして……」と苦笑いする。さらに、父が「こんな派手な恰好で大丈夫なのか?」と小声でぼやくので、私は「これが今のトレンドなのよ。目立てば勝ちなんだから」と返す。それも含めて、確かに私たち公爵家は会場でもひときわ異彩を放っているようだ。


「リリエッタ殿下だわ……え、でも殿下じゃない……あれが公爵令嬢……」「すごい美しいけど、隣が兄上とお父上って……近寄り難いわね……」


 そんな囁きが周囲から聞こえてくる。改めて、大ホールを見渡すと、この舞踏会がどれほどの人数を集めているのかが分かる。ホール中央には大きなシャンデリアが輝き、貴族たちがすでに小さな輪を作って歓談やダンスに興じている。この華やかな空間が、王太子の婚約破棄問題を白日の下にさらす舞台になるなんて、なかなかシュールな光景だ。


「さあ、ここからが本番ね。私は王太子の姿を探してくるわ」


 私は意を決して周囲を見回し、王太子またはコーデリアの姿を探す。兄レオンハルトとノエルも目配せして、「それじゃあ俺はもう少し裏を回ってくる」「私も使用人の方々に最新情報を聞いてみます!」と散っていく。父は「必要になったら呼べ」と威圧的にうなずき、やや離れた壁際で腕組みしている。みんなそれぞれ自分の役割を心得ているようだ。


「ふう……緊張するわね。でも、これだけ目立ったら逆に堂々としているほうがマシかしら」


 自分に言い聞かせるように胸を張り、私はホールの中央へと向かって歩き出す。深紅のドレスがきらめくたび、周囲の貴族が振り返るのを感じる。それは少しの優越感と相当なプレッシャーを同時に与えてくれるが、もう引き返す気なんてない。


「殿下、どこにいるのかしら。どうせどこかでふてくされてるんでしょうけど……」


 明日の朝には、この華麗なる舞踏会が大騒動の結末を迎えているかもしれない。私の婚約破棄をねじ曲げた王太子が、ここでいよいよ崖っぷちに立たされるのだ――そう考えると、自然と頬が緩むのを抑えきれない。

 もちろん、コーデリアやセバスティアンの動向も気にかかるし、父や兄の暴走も完全に抑えられるか不安だ。それでも、私自身がこの舞踏会をただの“ダンス会”で終わらせる気はない。今こそ積もり積もった恨みを晴らし、公爵家の名誉を取り戻すのにふさわしい絶好の場だと思っている。


 軽く裾を振り払って、私はさらに奥へと足を進める。次々と聞こえてくる周囲のささやきも、今はBGM程度にしか感じない。ここからどんなドラマが起こるのかを考えると、怖さと楽しさが混在した甘い刺激が胸を突く。

 こうして私は、華麗に飾られた大ホールの中央へ向かいながら、これまでの苦労や意気込みを思い返しつつ静かに息を整えるのだった。どんなに波乱が待ち受けていようと、今日だけは自分が主人公だと信じて――。

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