第8話 舞踏会直前! コーデリアの空回りと第二王子の企み③
明日の大舞踏会を控えた夜、私は自室でドレス選びの真っ最中だ。テーブルの上にはいくつもの生地サンプルやアクセサリーが並べられ、キャンドルの灯りがそれぞれをきらきらと照らしている。そもそも舞踏会は、華麗な装いで社交界を楽しむ場――普通ならワクワクする部分のはずだ。だけど今は、ただのファッションショーじゃない。明日は王太子への仕返しを実行する大きな勝負の日なのだ。
「お嬢様! こちらの薄ピンクの生地も捨てがたいですが、やはり深紅のサテンがとても映えると思いますわ! 勝負ドレスとしては最高の仕上がりになるはずです!」
ドレス素材を手に大はしゃぎしているのは、もちろんノエル。私の侍女である彼女は、最初から張り切りすぎなくらいだ。あまりにも興奮した様子で「どれも素敵……!」と目を輝かせている姿を見ていると、なんだか可笑しくなってきて、思わず苦笑してしまう。
「ノエル、ちょっと落ち着いて。確かにこの深紅のやつは目立ちそうだけど……派手すぎないかしら。あんまり目立ちすぎると父さまや兄さまが変にそわそわしそうだし」
「でも、お嬢様の美しさを最大限に引き出すには、一番インパクトのあるカラーがいいと思うんです! 会場の皆をひと目で黙らせましょうよ!」
彼女の熱量に圧倒されつつも、私はピンクの生地も捨てがたいと手に取ってみる。舞踏会は華やかさが命だし、普段の落ち着いたドレスではなく「勝負服」と呼べるようなものを着るのも悪くない。けれど、一方で頭の片隅には大きな不安もある。
「正直言って、着飾ることには興味あるんだけど……それ以上に、明日の“決戦”に集中しなきゃって気持ちが強くて。気づいたらドレスを選ぶ手が震えそうになるのよね」
「あらあら、お嬢様はいつもどっしり構えていらっしゃるイメージだったのに、意外と緊張しているんですか?」
ノエルがそう言うと、私は思わず肩をすくめる。確かに、兄や父の前では強気な態度を崩さないし、王太子への仕返しも堂々とやるつもりだ。でも、今回の舞踏会は何せ国王の思いつきで「真相究明の場」にまで格上げされてしまった。コーデリアの執念や第二王子セバスティアンの裏の思惑も絡んでいて、不安要素が盛りだくさんだ。
「そりゃ緊張もするわよ。王太子を追い詰めるのももちろん大事だけど、次第に周りが妙な動きを始めている気がして……コーデリアはともかく、第二王子が何を企んでいるのかが読めないの。あの人、簡単に連携してくれるとも思えないし」
「確かに、セバスティアン殿下は腹の中を見せませんからね。兄上である王太子に協力することは絶対にないでしょうけど、それでも正直どちら側にも転ぶ可能性がありますね」
ノエルが真剣な表情で頷く。彼女が情報収集の合間に掴んできた話だと、セバスティアンは王太子に呆れながらも、“都合よく利用できるならする”という姿勢を崩していないらしい。あの冷たい瞳を思い返すと、私も不気味さに背筋が冷える思いだ。
「まあ、彼がどう動くかは当日にならないと分からないわ。いざという時は彼を利用する手段も考えてはいるけど……迂闊に近づけば私が利用されるかもしれないし」
「お嬢様なら負けませんよ! あんな人に丸め込まれるわけがありません!」とノエルは強く言い切る。私もそうありたいとは思うものの、セバスティアンのあの微笑を思い出すと、油断ならないという気持ちが拭えないのが正直なところ。
「そして問題児その二、コーデリアよね。彼女もまた王太子にアピールするために舞踏会で暴走しそうじゃない?」
「ええ、噂によるとドレスにとんでもない量の宝石をあしらっているとか、殿下を伴って派手に踊るつもりだとか……。むしろ自爆するんじゃないかって言われてますけど」
「自爆か。確かに彼女のパターンを考えればあり得るわね……面白いけど、それがこっちに余計な影響を及ぼさなければいいんだけど」
コーデリアが何かを仕掛けてきたとしても、大舞踏会で不測の事態が起きる可能性は十分にある。実際に転倒や暴走で私を巻き込んだり、急な嘘の暴露合戦に持ち込んだり――考えるだけで頭痛がしてくる。
「でも、結局は王太子への復讐が最優先。コーデリアがどんなに騒いでも、セバスティアンがどんなに暗躍しても、その基本方針は変わらないわ」
そう言いながら、私は再びドレスの生地へと視線を移す。明日は文字通り“人生を賭けた勝負”かもしれない。でも、それでも優雅に装ってこそ貴族の誇りだ。
「ノエル、決めたわ。やっぱりこの深紅のサテンをメインに使うことにする。少し派手かもしれないけど、どうせ目立つなら徹底的にやりたいの」
「賢明な選択です、お嬢様! 私もそのほうがいいと思ってました。ここまで来たら、中途半端に地味にまとめるより、圧倒的な存在感で勝ちを掴みましょうよ!」
ノエルが嬉しそうにステップを踏む。私がうなずくと、彼女は大急ぎで採寸道具や装飾品のサンプルを取り出し、最終チェックを始める。やたら張り切っている姿には笑みがこぼれるが、やるならやっぱり一番華やかにしてやらないと。王太子やコーデリアがどう転ぼうと、私の輝きだけは損なわせない。
「ただ、父さまと兄さまがこのドレスを見たら、何か言ってきそうね……『もっと武装しろ』とか『露出が多いんじゃないか』とか」
「はは、そこはお嬢様が一笑に付せばいいんです。殿下を倒すためにこの装いが必要だと、強く言えば納得してくれるんじゃないでしょうか」
「武装といえば、もし父さまが当日暴走しなければいいけど。彼は“俺が殴る”とか言いそうで、怖いのよ。やっと説得して落ち着かせたけど、本番で何かスイッチが入るかも……」
「大丈夫ですよ。レオンハルト様も止める気満々でしょうし。とにかく、殿下をギャフンと言わせる主役はお嬢様なんですから、負けないでくださいね!」
ノエルの激励を受け、私は胸に手を当てて深呼吸する。王太子が恥をかくのも、コーデリアが転ぶのも、セバスティアンがほくそ笑むのも、一挙に見られるかもしれない。そんな波乱の舞踏会に向けて、私はいま最終準備を進めている。
「うん、私ならできる。何とかなりそう。あれだけ策を練えてきたんだから……絶対に失敗しないわ」
口に出してみると、少し緊張が和らいでいく。明日は、いよいよ“決着をつける”大きな日になるはず。理不尽な婚約破棄から始まったこの物語に、私自身が終止符を打つんだ――そんな決意を胸に秘め、私はノエルとともにドレスの最終調整に取り掛かる。
「じゃあ、お嬢様。シルエットはこんな感じで大丈夫ですね? ウエストラインをもう少し絞るのもありですけど……」
「うーん、そこは少し余裕があるほうが踊りやすいと思うわ。あと王太子と踊るつもりは毛頭ないけど、いざという時に身軽でいたいし」
「ふふ、そうですね。殿下とのダンスはともかく、他の方と楽しく踊る機会もあるでしょうし、最初からベストを尽くしましょう!」
ノエルの熱気に、私も自然とテンションが上がってくる。悲壮感だけで挑むのではなく、“私らしく華やかに勝ち取る”という意気込みが、今の私を支えているのだと感じる。たとえ舞踏会が“真相究明の場”に変貌しても、そこに引きずり出された王太子がどう足掻こうと、私は容赦しない。
「さあ、もう一度採寸お願いするわ。王太子の顔を浮かべながら、『あんたなんか目じゃない』って思い切り主張してやりたいもの」
「はい、お任せを! お嬢様が最高の状態で舞台に立てるよう、私も全力を尽くしますからね!」
こんな具合に、ワクワクと不安が入り混じる前夜があっという間に過ぎていく。コーデリアが必死で張り合おうとしていることも、セバスティアンが裏で何を考えているのかも、いったん棚上げ。今は自分の準備を完璧にするのが優先事項だ。
“明日は絶対にやってやる”――そう胸の内で呟きながら、私はドレスを見つめて微笑む。華やかで騒がしい、この国の舞踏会らしい波乱が起きるだろうけれど、最後に笑うのは私のはず。そう信じて、夜が更けるまで最終チェックを続けるのだった。
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