超人は笑う

『最優』ハイエンドとは何者か。

 その怪物がどういった経緯で生まれ育ったのか、その秘密を知るものは極めて少ない。

 だが、学園の全員が知っている。

『最強』が、人間としての限界を極めた魔法少女ならば、『最優』は、魔法少女としての限界を極めた人間である。と


 魔法少女に与えられる魔法は、一人二つ。

 そして、魔法番号は、199


 そう、99。

 二で割ることが出来ない、奇数。


 その矛盾を解決する為か。唯一、一人二つのルールが適用されない、一つしか魔法を持たない魔法少女が存在する。


 それこそが、ハイエンド。

 それは決してデメリットにならない。その一つで充分に事足りるほどに、『最優』の魔法なのだから。


 その魔法の名は――――


 □ □ □


「『タイム』」


 魔法番号10番タイム

 時間への干渉を可能にする魔法。

 最大効果や性質は、使用者の適性や性格により変化する


 10番、である。

 使用者にとってのオーダーメイドとなる『最初の十枚オリジンナンバー』であると同時に、『規格外』と呼ばれる十の倍数の魔法。


 その特別性ゆえに、この魔法を扱う魔法少女は、他の魔法を授からない。


『時』の発動と同時に、シャボン玉の様にふわふわと宙に浮く、青い透明な球が複数個出現する。


 どこからともなく出現した青いシャボン玉は、ハイエンドの周囲をゆったりと漂っていた。


 炎城は気にせずに銃を構え、引き金を引いた。


 片手では正確な狙い撃ちができずとも、おおよその位置に、いくつかぶち込めればそれでいい。

 当たれば御の字、外れてもビビってくれればまぁ良し。こちらに銃があると思わせるだけでも充分だと考えていた。


 だからこそ、カァン! と甲高い音がして弾丸が青いシャボン玉に弾かれた事は、完全に予想外だった。


「無駄だよ」


 銃は、魔法少女に簡単に対抗するための数少ない攻撃手段である。


 魔法少女全員が使える魔法、『変身』。

 五感を強化し、身体能力や身体強度を倍にするこの魔法は、魔法少女を怪物にする。

 雑に振るう刃や拳ではロクなダメージにならない。かといって、魔法少女に通用するまでに身体や技を鍛え上げるには相当な時間と努力が必要になる。

 だからこそ、銃は裏社会で重宝され、量産され続けてきたのだ。


 なのに、ハイエンドにはその銃が効かない。

 思わず、炎城の口から舌打ちが漏れる。


「クソ、とことんついてねぇな。マシンガンでも持ってくればよかったぜ」


 炎城は自分のもう一つの得意武器に思いを馳せながら悪態をついた。


「それでも、無駄だと思うよ?」

「あん?」


 独り言のつもりだった悪態に、ハイエンドから返答があった。

 ハイエンドは青いシャボン玉に右手を伸ばし――――そして、その右手は青いシャボン玉を通り抜けた。


「私の『領域』は単なる『時』の効果指定範囲。さっきのは、領域の中の時間を止めたんだよ」


 時間停止とは、究極のだ。時が止まった中では、どんな物も動く事が出来ない。

 たとえ弾丸がぶつかったとしても、壊れる事も、弾かれる事もない。


 炎城の弾丸は、青いシャボン玉――『領域』の中の停止した空気にぶつかって弾かれたのである。


「随分と親切だな、魔法少女」

「うん、これから地獄に落ちる人にお土産くらいは持たせないとね」


 再びの銃声。会話の隙をついて適当に放たれた弾丸は、、ハイエンドのこめかみの皮を、削ぐ様にしてかすめてとって行った。


 たらりとひたい横から流れる血を、ハイエンドはセーラー服の袖で拭う。


「あぁ気付いたのんだ……それなのに外しちゃうなんて、銃が下手なんだね」

「ほっとけ、片腕じゃ安定しないんだよ」


 脳を揺らしたはずなのに、ハイエンドは無表情。対して炎城は笑う。

 突破口が見えたからではない。その笑いは、絶望からくるモノであった。


「その領域? だったか? お前の意思でしか中の時間を操作できねぇんだろ」


 炎城は見逃さなかった。弾丸を放つ直前、ふわふわと上下していた領域が、ピタリとその場に留まったのを。

 弾丸が発射された直後ではなく、引き金に手をかけたその時に、である。


 領域内の時間停止は、自動オートではなく、手動マニュアル


 だからこそ、不意打ちの早撃ちによって完全に意識の隙をついた今の一発が、炎城に残された最後のチャンスだったのだ。


 もう、ハイエンドは油断しないだろう。


「『領域、拡張』」


 領域の一つが、空気を入れた風船の様に膨らむ。

 やがてそれはハイエンドの体よりも大きくなり、さらにその形すら変えて、炎城とハイエンドの間を阻む障壁となった。


 炎城が今いるエレベーター前から外に逃げる出口は一つ。そして、その間にあるフロアの中央でハイエンドは待ち構えていた。


 つまり、フロアに突破困難な壁を配置されたこの状況は、炎城にとって、紛れもない


「詰みってわけかよ」

「うん。何か、言いたいことはある?」

「なんだ? 命乞いでも聞いてくれるのか?」

「ううん、そうじゃないよ、もうあなたは私の『殺害対象』だしね。ただ、殺すときはできるだけ聞く様にしているんだ、遺言」

「余裕ってことかよ」

「うん」


 炎城は脂汗を浮かべながらも笑い、目を瞑った。

 少し、ほんの少しだけ考えて、再び目を開ける。


 そして、より笑みを深くしてから――――中指を立てた。




「魔法少女なんて、大っ嫌いだ」




 それが、超人の最後の言葉だった。

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