闇が、くる
そもそも、今回のこの騒動。中心にいたのはどの組織か。
出品者たる『墓場』か?
護衛たる『不統合同盟』か?
はたまた『魔法少女学園』か?
どれも違う。
この騒動の真ん中にいるのは、この騒動を取り仕切っていた、オークションの開催者。
すなわち『
□ □ □
「こんにちは」
その女は、普通に現れた。
黒い衣装で身を包み、顔にまで黒子のように黒い布をかけた女は、普通に階段を登って、このフロアまでやってきた。
その割に、息を切らせた様子も、汗をかいた様子もない。
「誰だ?」
挨拶を無視したゴッズを、不敬と言うことはできない。ここにいる大人という時点で、ゴッズにとっては敵だ。
大人。魔法少女のコスチュームのように奇抜な格好をしているが、ピンと伸びた背筋と醸し出す雰囲気が、明らかに少女のものではない。
少女ではない、女。
女は、口を開く。
「初めまして、私『闇市』所属の仲介人。かつての名を、『モード』」
ゴッズの殺気を正面から受け流し、女は淡々と自己紹介を続ける。
「今の名を、『アンドレアルフス』と申します。以後お見知り置きを」
二つの名前を同時に名乗るという、相手に全く配慮しない女――アンドレアルフスは、深々と頭を下げた。
「『闇市』」
ゴッズは目の前の敵の所属を確認した。クラウンはまだアンドレアルフスを敵と認識できていない。
「ふっ、初めまして。私の名はクラウン! 魔法少女クラウンだ! 助けて!」
正確には、クラウンはそもそも敵と認識する気はなかった。他の大人を軽視する魔法少女と違い、彼女は大人を、もしくは他の人間を頼ろうとする。
そして、それは誘拐された自分のためではなく、今なお気を失っている友達のための
「無駄だよ、苗。コイツが119を押すタイプの人間に見えるのか? 黒子装束だぞ? どう見ても110押される側の人間だ」
「救急車なら呼んでいますよ?」
「ッ…………」
呼んでんのかよ! と思わず、ツッコミを入れようとしたゴッズはギリギリで踏みとどまった。
ここで自分までシリアスを捨てることはできない。
「それで、用件はなんだ? 通報が用件なら見逃してやるから今すぐ立ち去れ」
「今日私がここに来たのは、商談の為です」
「商談? 闇市らしいが、誰と商談するつもりだ?」
「はい、今回のオークションは失敗に終わりました。どんな理由であれ、これは私たち闇市の不手際。そこで今回は――――」
そこで初めて、アンドレアルフスは頭を上げた。
「この場の全員に対し、こちらから損害賠償を支払わせていただきます」
「なるほど……つまり、『お前らの望むものを用意してやるから丸く納めろ』と?」
「はい、まずは魔法少女学園様にお話を通させていただきました。」
アンドレアルフスは懐から通話状態のスマートフォンを取り出し、ゴッズへ投げ渡した。
空中のソレを受け取ったゴッズが警戒しながら耳に当てる。
「誰だ?」
『私だ』
「っ! クソババァ、テメェ闇市と繋がってた訳じゃねぇよな」
『当然、手を結んだつもりはない。だが、学園はこの件から手を引く。』
「…………それが、手を結んだって言うんじゃねーのか? あぁ!?」
『それは違う。あくまで取引だ。とある情報と引き換えにこの件からは手を引く。それ以上でも以下でもない』
「情報だぁ?」
『オマエが知る必要はない』
その言葉を最後に、電話はプツリと切れてしまった。思わず、ゴッズはスマートフォンを握り潰す。
パラパラとゴッズの手から溢れる残骸を見つめながら、アンドレアルフスは悲しそうな顔をした。私物だったのかもしれない。
ゴッズはそんなアンドレアルフスを睨み付ける。その目から敵意の光は消えていなかった。
「学園が手を引くとしても、俺に手を引けと言った訳じゃねぇ。俺個人でオマエを相手取ることはできる」
「はい、ですのでゴッズ様には別の報酬を用意してます」
アンドレアルフスは再び懐に手を突っ込むと、アタッシュケースを引き抜いた。
明らかに、懐に入る大きさではない。
「待て待て待て、今のどうやった?」
「私、体に色々と仕込むのが得意でして」
「いや、そう言うレベルじゃねぇだろ。四次元なポケットでも持ってないとありぇねぇだろ」
「大袈裟ですね、ただの手品です。さて、こちらですが」
大きく開いたそのスーツケースの中には、輸血用血液やピンセット、縫合糸や消毒液などの専門的な医療セットが入っていた。
ご丁寧に、使用方法が細かく載ったマニュアルまで付いている。
「あちらの方、誤魔化しているようですけど、このままじゃ救急車がくる前に死んじゃいますよ?」
それを聞いた直後、ゴッズは駆け出していた。アンドレアルフスの手からケースをひったくり、ダムドの元へと駆けつける。
さらに再変身を行い、『獅子』から『
「毎度ありがとうございます。それでは次に――」
アンドレアルフスの黒い布の奥の瞳が、クラウンを捉えた。
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