29話 三銃士

傲慢の化身・ホーフムートとの対峙。

「殺すか、生かすか」――迫られる究極の選択。

勇者、魔王、策士。三者三様の答えが交錯するとき、戦わずして切り開かれる道があった。


今話は、彼らが初めて並び立つ瞬間。

“戦う以外の強さ”を描いています。



「……どうする?」


ホーフムート=オルファスは、にたりと笑みを浮かべながら問いかけた。

「この女もろとも私を殺すか? それとも生かすか?」


声は愉悦と残酷を含み、次の瞬間、黒い波動が放たれ、グラウブの体が精神世界から弾き出される。


「ぐっ……!」

戻ったグラウブは片膝をつき、悔しそうに歯を食いしばった。

(くそ……どうすれば……)

その顔には、諦めに傾きそうな影が浮かんでいた。


メストアは剣を握りしめたまま、答えを出せずに立ち尽くしている。

「……殺せば助からない。けど、このままじゃ……」

彼の瞳には、迷いと痛みが映っていた。


沈黙を破ったのはフェアヴァールトだった。

「……ホーフムート自身が封じられてる場所に行って、本体を破壊すればいいんじゃないか?」

冷静な提案。だがその表情には、覚悟がにじんでいた。


メストアも声を絞り出す。

「グラウブ……あいつの“本”を燃やせばいいんじゃないか?

アルベリスの未来視は文字に映るんだろ。それを消せば、とりあえず少しは状況を変えられるかも」


ホーフムートが笑った。

「なるほど、よい発想だ。……だが、甘いな」


黒い本が宙に浮かび、ページが勝手にめくられていく。

ホーフムートは指で字をなぞりながら言った。


「“傷つかない体になる”」


契約文字が光を放つ。

「さあ、試してみろ」


メストアは迷いなく踏み込み、剣を振り下ろした。


――ズバッ!


「なっ……!」

刃は確かに当たった。だが肉は裂けず、血も流れない。


ホーフムートが笑う。

「彼女の感情と一致したようだな。……これで五分間は無敵だ」


その目が細まり、次の文字を刻む。

「“愛する人へ近づくスピードを上げる”」


瞬間、アルベリスの身体が音を裂いて加速し、グラウブへ迫る。


「くっ……!」

受け止めた剣に衝撃が走り、グラウブの体は宙へ弾かれ、峠の崖下へと吹き飛ばされた。


「グラウブ!!」


その瞬間――フェアヴァールトの魔法が発動する。

彼の手元に黒い陣が浮かび、そこから現れたのは鋼でも鎖でもない、“巨大な手”だった。


「――“絆の手”」


闇の手が伸び、落ちかけたグラウブをしっかり掴み取る。

糸のような魔力で結ばれたその手は、確かに二人を繋いでいた。


「……武器しか作れないと思ってたか? 違うさ」

フェアヴァールトは額に汗を浮かべながら言う。

「必要なら、“繋ぐもの”だって創れる」


グラウブは苦く笑い、頷いた。


その隙を狙い、ホーフムートが霧のように逃走を試みる。


「逃がすか……!」


メストアが走り込み、剣を振るった。

狙いは――アルベリスの足。


ズバッ――!



腱が断たれ、ホーフムートの動きが鈍る。

メストアは苦しそうに目を閉じた。


「……心苦しいが、少しでも寿命を減らさずに済むように……これで足止めはできる」


ホーフムートの目が光る。

「ひひひ……なかなかいい判断だ。だが――次はもっと面白くなりそうだな」


黒い霧が周囲を包み込む。

その中で、不気味な笑みが残響のように広がった。


――この日、並び立ったのは、勇者・魔王・策士。


抗った三人の名は、後にこう呼ばれる。


“三銃士”



最後まで読んでいただきありがとうございます。


戦場に立つのは剣を振るう者だけじゃない。

迷いを抱えながらも決断する勇者。

悔しさを呑み込みながらも仲間を信じる魔王。

そして、静かに策を差し込む策士。


この三人が揃ったとき、ただの戦闘譚ではない物語が始まる。

彼らはいつしか――こう呼ばれる。


「三銃士」と。


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