28話 ニヒトテーヘン ―不殺―
殺せば彼女も死ぬ。
生かせば、悪魔を蘇らせる。
どちらを選んでも救いのない状況の中、グラウブはアルベリスの精神へと踏み込む。
そこで対峙したホーフムート=オルファスは、明確な野望などなく、ただ人の欲望を楽しむために存在していた。
28話――選べない選択が、正義を試す。
そんなお話です。
*
皆が息を呑んだ。
ホーフムートの狙い――アルベリスを完全に乗っ取り、その“アンチ魔法”で自らが囚われている封印を解除すること。
それが成れば、世界は終わる。
だが――
アルベリスは意識を失ったまま、虚ろな顔で地に伏していた。
(……どうすればいい……)
メストアは剣を握り、歯を食いしばる。
愛した相手を斬るべきか、それとも……助けたいと願う自分の心に従うべきか。
答えの出ない苦悩が、胸を締め付けていた。
「……アルベリス……」
その名を呼んでも、彼女はもう応えない。
グラウブが一歩前に出た。
「……なら、俺が行く」
次の瞬間、彼は己の魔力を流し込み、アルベリスの意識へと憑依を試みた。
――暗闇。
精神の内側に踏み込んだグラウブの前に、ひとりの男が立っていた。
黒い長髪、痩せた顔、そして金色の瞳。
ホーフムート=オルファス。
「ほう……ここまで来るとはねぇ、魔王様」
「……お前の狙いは何だ。世界を滅ぼすのか」
ホーフムートは、口角を歪めて笑う。
「狙い? 大層なものはないよ。
私に野望など――特にない」
「……何?」
「ただひとつあるとすれば……その時その時を楽しむことだ」
「人の欲望は、実に良い刺激になる。見ているだけで愉快でねぇ」
にやり、と湿った笑みを浮かべる。
「欲望に振り回される者は美しい。
君たちもそうだろう? 失いたくない、助けたい、信じたい……
それがどれだけ脆いか、壊して試すのが――楽しくて仕方ないのさ」
グラウブは睨み返す。
「……ふざけるな」
だが同時に、彼の胸に冷たい戦慄が走る。
――この悪魔には、本当に明確な目的がない。
だからこそ、止める術も見えない。
現実に戻ると、アルベリスの体を通してホーフムートが再び笑った。
「さて……お前たちはどうする? 殺せば彼女も死ぬ。
生かせば、私が蘇る。どちらも傲慢だ。いい選択じゃないか」
その場に立つ全員の胸に、
**“絶望”と“傲慢”**が、静かに芽を出し始めていた。
⸻
次回予告
第29話『戦わない三銃士』
誰も殺さない。
その決断は、最も傲慢で、最も強い選択だった。
*
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ホーフムートは、世界を支配することすら目的にしていなかった。
ただ、人の欲望が揺れる瞬間を楽しみ、その破滅を眺めて笑う――。
それこそが、最も止めがたい“悪”だったのかもしれない。
次回、第29話『戦わない三銃士』。
誰も殺さず、誰一人欠けない未来を選ぶ――その傲慢な挑戦が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます