30話 正義のチェイス

追うべきは、傲慢の化身ホーフムート。

だがその道は、森の王が支配する神域――グランフォレスト。


勇者の決意、策士の冷静さ、そして魔王の焦燥。

三者三様の想いが交差するなか、グラウブは“強制送還”されてしまう。


残された二人は果たして、神霊の前で剣を取るのか。

それとも――言葉を武器に立ち向かうのか。



「……契約は切れないのか?」

グラウブの問いに、フェアヴァールトは一瞬だけ目を細めた。


「契約というのは、約束事。複数人で成り立つものだ。

同時に切らなければ無効化できない。つまり――ホーフムートの本体と、アルベリスを同時に断ち切る必要がある」


「同時に……だと」

グラウブは悔しげに歯を食いしばる。

どうすれば。くそ……。

その表情には諦めにも似た影が差した。


そんな中、メストアが拳を握る。

「俺に……力さえあれば。

こいつに勝てねぇようじゃ、フライネなんか倒せるはずねぇだろ……!」

決意と、どうしようもないもどかしさが胸を焼いていた。


――そのとき。


アルベリスの本に、未来視の文字が浮かび上がった。

『封印を壊す厄災が来る』


「……なんだと?」

ホーフムートが目を凝らす。

その直後、大地が震え、地鳴りが轟く。

山が裂け、火口から赤黒い炎が噴き上がった。


「まさか……! あそこは、わしの本体が封じられている山……」

顔色を変えたホーフムートは、本に書き込む。

『自分を守る空間をつくる』


瞬間、歪んだ時空が生まれた。

意識を失っているはずのアルベリスの本能が、それを“守る”と認識し、効果は発動する。


「……彼女の感情と、書き込んだ文字が一致したのか」

フェアヴァールトが低く呟く。


ホーフムートは狂気の笑みを浮かべ、歪んだ空間に身を滑り込ませる。

その直前――


「逃がすか!」

フェアヴァールトが鏡を呼び出す。

漆黒の鏡面に、複雑な魔紋が走った。


「追跡の鏡だ。対象の一部を吸わせれば、現在地が映る」

彼はメストアへと手を伸ばす。

「剣を貸せ。その血はアルベリスのものだろう」


メストアは一瞬ためらったが、すぐに剣を差し出す。

刃に宿る鮮血が鏡へ吸い込まれると、光が弾け――歪んだ地図が浮かび上がった。


「これで追える……!」


ホーフムートの気配が消えた暗闇に、三人の決意が残る。

絶望を追いかける追跡劇は、今まさに始まった。


フェアヴァールトは鏡を閉じ、険しい表情で告げた。

「ホーフムートのいる場所は……西の山、グランフォレストだ」


「グランフォレスト……」

グラウブは思案するように空を仰ぐ。

「ここからだと三日はかかるな。急ごう、アルベリスが心配だ。

あの森には自然系のモンスターが多い。メストアの魔法が役立つはずだ。

……メストア、戦えそうか?」


メストアは迷わず頷いた。

「ああ。かつて愛した相手のために、この力を振るえるのなら……本望だ」


「ならいい」

フェアヴァールトは小さく息を吐いたが、その横顔にはどこか影が差していた。


「……心配そうだな。何かあるのか?」

グラウブが問いかけると、フェアヴァールトは重く口を開いた。


「あの森には妖精王がいる。この世界を守護する“四王”のひとり。

炎王、海王、森王、地王――その中で森を司るのが神霊グラン・ティターニャだ」


「妖精王……」

グラウブの眉間に皺が寄る。


フェアヴァールトは静かに続けた。

「悪いことは言わない。今回は外れてくれないか?

あの相手は……お前には分が悪すぎる」


次の瞬間、フェアヴァールトの掌から光が溢れた。

その輝きは温かく、それでいて抗えない力を帯びていた。


「なっ……!?」

グラウブの身体を柔らかな光が包み、瞬く間に視界が白に塗り潰されていく。


「お前は……都市へ還れ」

その声を最後に、グラウブはフロンティアの街へ強制送還されてしまった。


――残されたのは二人。


「……なぜ飛ばした?」

メストアが険しい声で問う。

「あいつの力は絶対に必要になる。まさか、お前……神霊グラン・ティターニャの配下か?」


フェアヴァールトは首を振る。

「いや。ただ――あの人のことを、誰よりも知っている。

神霊は魔王を特に嫌っている。そこにグラウブがいれば、確実に戦いになる。

ホーフムートと戦う前に体力を削られるのは愚策だ。だから排除した」


「……なるほどな」

メストアは剣を握り直す。

「雑魚モンスターくらいなら俺が相手できる。だが神霊相手に……本当にやれるのか?」


フェアヴァールトはゆっくりと振り返り、薄く笑った。

「そこは策がある。……お前はもう、“正義の理想”を持ち、己の過去に向き合った。

そんな人間を、あの人は好む。だから戦わない。――話すんだ」


森の王との邂逅を前に、二人の影が西の大地へと伸びていく。

その足取りは迷いなく、ただ“正義のチェイス”の名にふさわしい追跡を刻んでいた。



ー次回予告 第31話 呪いの森ー


神聖なるはずの森は、なぜか不穏な空気に包まれていた。

その中心に立つのは――森の王。


静寂と呪いが支配するその地で、勇者と策士は何を見出すのか。

そして、この先に待つ運命とは……。



ここまで読んでくださりありがとうございます。

今回の話では、ホーフムートとの頭脳戦を越え、彼らが“森”へ足を踏み入れるまでを描きました。


次回の舞台は――神聖でありながら呪われた森。

守護するは森の王、神霊グラン・ティターニャ。

果たして彼らは森を突破できるのか、それとも――。


戦うのか、話し合うのか、あるいは想像を超える運命が待っているのか。

次回 「呪いの森」、ぜひお楽しみに!

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