30話 正義のチェイス
追うべきは、傲慢の化身ホーフムート。
だがその道は、森の王が支配する神域――グランフォレスト。
勇者の決意、策士の冷静さ、そして魔王の焦燥。
三者三様の想いが交差するなか、グラウブは“強制送還”されてしまう。
残された二人は果たして、神霊の前で剣を取るのか。
それとも――言葉を武器に立ち向かうのか。
*
「……契約は切れないのか?」
グラウブの問いに、フェアヴァールトは一瞬だけ目を細めた。
「契約というのは、約束事。複数人で成り立つものだ。
同時に切らなければ無効化できない。つまり――ホーフムートの本体と、アルベリスを同時に断ち切る必要がある」
「同時に……だと」
グラウブは悔しげに歯を食いしばる。
どうすれば。くそ……。
その表情には諦めにも似た影が差した。
そんな中、メストアが拳を握る。
「俺に……力さえあれば。
こいつに勝てねぇようじゃ、フライネなんか倒せるはずねぇだろ……!」
決意と、どうしようもないもどかしさが胸を焼いていた。
――そのとき。
アルベリスの本に、未来視の文字が浮かび上がった。
『封印を壊す厄災が来る』
「……なんだと?」
ホーフムートが目を凝らす。
その直後、大地が震え、地鳴りが轟く。
山が裂け、火口から赤黒い炎が噴き上がった。
「まさか……! あそこは、わしの本体が封じられている山……」
顔色を変えたホーフムートは、本に書き込む。
『自分を守る空間をつくる』
瞬間、歪んだ時空が生まれた。
意識を失っているはずのアルベリスの本能が、それを“守る”と認識し、効果は発動する。
「……彼女の感情と、書き込んだ文字が一致したのか」
フェアヴァールトが低く呟く。
ホーフムートは狂気の笑みを浮かべ、歪んだ空間に身を滑り込ませる。
その直前――
「逃がすか!」
フェアヴァールトが鏡を呼び出す。
漆黒の鏡面に、複雑な魔紋が走った。
「追跡の鏡だ。対象の一部を吸わせれば、現在地が映る」
彼はメストアへと手を伸ばす。
「剣を貸せ。その血はアルベリスのものだろう」
メストアは一瞬ためらったが、すぐに剣を差し出す。
刃に宿る鮮血が鏡へ吸い込まれると、光が弾け――歪んだ地図が浮かび上がった。
「これで追える……!」
ホーフムートの気配が消えた暗闇に、三人の決意が残る。
絶望を追いかける追跡劇は、今まさに始まった。
フェアヴァールトは鏡を閉じ、険しい表情で告げた。
「ホーフムートのいる場所は……西の山、グランフォレストだ」
「グランフォレスト……」
グラウブは思案するように空を仰ぐ。
「ここからだと三日はかかるな。急ごう、アルベリスが心配だ。
あの森には自然系のモンスターが多い。メストアの魔法が役立つはずだ。
……メストア、戦えそうか?」
メストアは迷わず頷いた。
「ああ。かつて愛した相手のために、この力を振るえるのなら……本望だ」
「ならいい」
フェアヴァールトは小さく息を吐いたが、その横顔にはどこか影が差していた。
「……心配そうだな。何かあるのか?」
グラウブが問いかけると、フェアヴァールトは重く口を開いた。
「あの森には妖精王がいる。この世界を守護する“四王”のひとり。
炎王、海王、森王、地王――その中で森を司るのが神霊グラン・ティターニャだ」
「妖精王……」
グラウブの眉間に皺が寄る。
フェアヴァールトは静かに続けた。
「悪いことは言わない。今回は外れてくれないか?
あの相手は……お前には分が悪すぎる」
次の瞬間、フェアヴァールトの掌から光が溢れた。
その輝きは温かく、それでいて抗えない力を帯びていた。
「なっ……!?」
グラウブの身体を柔らかな光が包み、瞬く間に視界が白に塗り潰されていく。
「お前は……都市へ還れ」
その声を最後に、グラウブはフロンティアの街へ強制送還されてしまった。
――残されたのは二人。
「……なぜ飛ばした?」
メストアが険しい声で問う。
「あいつの力は絶対に必要になる。まさか、お前……神霊グラン・ティターニャの配下か?」
フェアヴァールトは首を振る。
「いや。ただ――あの人のことを、誰よりも知っている。
神霊は魔王を特に嫌っている。そこにグラウブがいれば、確実に戦いになる。
ホーフムートと戦う前に体力を削られるのは愚策だ。だから排除した」
「……なるほどな」
メストアは剣を握り直す。
「雑魚モンスターくらいなら俺が相手できる。だが神霊相手に……本当にやれるのか?」
フェアヴァールトはゆっくりと振り返り、薄く笑った。
「そこは策がある。……お前はもう、“正義の理想”を持ち、己の過去に向き合った。
そんな人間を、あの人は好む。だから戦わない。――話すんだ」
森の王との邂逅を前に、二人の影が西の大地へと伸びていく。
その足取りは迷いなく、ただ“正義のチェイス”の名にふさわしい追跡を刻んでいた。
ー次回予告 第31話 呪いの森ー
神聖なるはずの森は、なぜか不穏な空気に包まれていた。
その中心に立つのは――森の王。
静寂と呪いが支配するその地で、勇者と策士は何を見出すのか。
そして、この先に待つ運命とは……。
*
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回の話では、ホーフムートとの頭脳戦を越え、彼らが“森”へ足を踏み入れるまでを描きました。
次回の舞台は――神聖でありながら呪われた森。
守護するは森の王、神霊グラン・ティターニャ。
果たして彼らは森を突破できるのか、それとも――。
戦うのか、話し合うのか、あるいは想像を超える運命が待っているのか。
次回 「呪いの森」、ぜひお楽しみに!
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