24話 再契約
誰かに置いていかれる感覚は、時に死よりも残酷だ。
誰かが進み、誰かが赦され、自分だけが取り残される。
その焦燥の隙間に、もし“声”が入り込んできたら――
今回は、愛と破滅の境界で交わされる、危うい契約の物語です。
*
メストアとグラウブが向かい合う。
地を這ってきた元勇者が、今再び“従者”になる覚悟を携え、手を伸ばす。
その姿を、アルベリスは見ていた。
……いや、見ているしかなかった。
胸の奥に、ずっと渦巻いていた感情がある。
黒く、重く、名前のない焦燥が、淀んだまま沈んでいた。
(なぜ……なぜ私だけ――)
拳を握る。爪が掌に食い込むほどに。
(なんで……)
メストアは赦されている。
グラウブは前に進んでいる。
フェアヴァールトも、何かを信じて動いている。
なのに、自分は――
「なぜ……私だけ、置いていかれるの……?」
気づけば、視界が滲んでいた。
歯を食いしばっても、涙は止まらなかった。
(くそが……)
(私だって……何かを信じてきたはずなのに……!!)
――その瞬間。
頭の奥に、“何か”が割り込んできた。
耳ではなく、鼓膜の裏側を直接撫でられるような感覚。
まるで脳に泥が流し込まれるような不快さ――だが、それは異様なほど“なめらか”で、優しい。
「……お前は今、何が欲しい?」
耳元ではない。
頭蓋の内側、脳のしわの奥で、声が笑った気がした。
「愛されたいか?」
「愛したいか?」
「それとも――何も感じずに、生きたいか?」
言葉は穏やかだった。
けれど、音の隙間から、冷たい虫が這うようなざらつきが滲み出ている。
選択肢を与えるように見せて、すでに答えを掴んでいる者の声。
「俺は傲慢だからな」
「欲しいものがある奴に、引き換えの価値を測るだけだ」
アルベリスの手が、小さく震える。
その指先に、黒い光が灯った。
「髪一本でも、爪ひとつでも構わない」
「お前が“捨てられなかった想い”を、そこに込めろ」
「そうすれば――見合うだけの力をくれてやる」
声の奥で、湿った音がした。
それは笑いか、何かを噛み砕く音か、判別できなかった。
「欲望ってやつは、残酷だ」
「他人を追いかけた末に、自分すら見失う」
「だが、安心しろ」
「俺の契約は、正直だ」
「代償と引き換えに、“限界を越えた力”を渡す」
「そしていつか――お前の全てが俺のものになったとき」
声が、一瞬だけ囁きに変わる。
「その体で、お前の代わりに生きてやるさ」
その響きは、不気味で、そして――なぜか悲しげだった。
アルベリスの中で、何かが反応した。
ずっと消えなかった“愛したい”という感情。
だけどもう傷つきたくない。拒絶もされたくない。
(……私だけ、置いていかないで)
涙が音もなく頬を伝う。
一房の髪が、黒い霧に包まれて消えた。
「――契約、成立だ」
「名前なんて、どうでもいい」
「……でも、気になるなら、そのうち教えてやる」
メストアが再契約を果たし、前を向く中――
アルベリスは、“諦め”とは異なる何かに、静かに身を委ねようとしていた。
それがたとえ、破滅の契約であっても。
愛するために失い、救うために呪われる。
選んだのは、他でもない“自分の意志”。
そしてその代償は、彼女の中に――確かに刻まれた。
次回、第25話『ホーフムート=オルファス』
すべては、望んだはずの対価だった。
*
怖いのに、抗えない。
アルベリスが差し出したのは、髪ひと房。
それはただの髪ではなく、彼女が「絶対に捨てられなかった想い」だった。
次回、第25話『ホーフムート=オルファス』――
契約はもう成立した。
あとは、代償がどう彼女を蝕むかを見届けるだけです。
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