23話 前を向く者たち

愛した人を失ったとき、人は何を拠り所に立ち上がれるのか。

失われた理想と、燃え尽きた感情。

それでも――背中を押すのは、死んだ人ではなく、生きている自分の意志。

今回は、灰の中で再び火が灯る瞬間の物語です。



メストアは、目を見開いたまま、言葉も動きもなかった。

アルベリスもまた、何かを失ったような瞳で、ただ座り込んでいる。


二人の間にあった感情も、理想も、愛も。

すべてが燃え尽きた灰のように、重く、無色に漂っていた。


――その静寂を踏み破る、足音。


重く、迷いのない足取り。


「……どうした」


低く響く、グラウブの声。


「放心してる暇があるのか? 生きてるんだぞ、お前らは」


メストアもアルベリスも、顔を上げない。


だが、その声はさらに鋭さを増した。


「愛した相手の死に……そんな中途半端な顔をして、納得してんのか?」


グラウブの拳が震える。


「……死んだやつが、そんな姿を見て喜ぶと思ってんのかよ!!」


バチン――!

アルベリスの頬に、乾いた音が響く。


もう一発。今度はメストアへ。


「気づけよ!! 俺らは“想いの力”でここまで来たんだろ!!」


「死者は戻らねぇ。だが、生きてるお前らが立ち止まってどうする!」


メストアが、ぽつりと呟く。


「……でも、もう……どうしたらいいのか、わかんねぇよ……」


アルベリスも、涙を落としながら、かすかに首を振る。


「私は……ただ、誰かに愛されたかっただけなのに……」


「わかってる」


今度の声は、少しだけ優しかった。


「それでも、生きろ」


「諦めねぇから、道が開けるかどうかなんて、誰にもわからねぇ」


「でも――それでも俺は、生きた証を、死んだやつらの分まで残し続ける」


グラウブの目はまっすぐ前を向く。


「俺は、一瞬だって、奴らを忘れたことはねぇ」

「忘れられることを、望んでたなんて思わねぇからだ」


「だから俺は――あいつらの分まで、生きて、現実を変える」


「それが、俺の“正義”だ」


風が吹き抜ける。

その言葉と同時に、淀んでいた空気が変わった。


押し黙っていた二人が、何かを受け取ったように顔を上げる。

迷いも痛みも、まだ消えはしない。

それでも――その奥に、小さく火が灯った。


メストアは、細めた目でグラウブを見た。

そこには、かつての敵意も、今の混乱も入り混じっている。

だが、確かにあったのは――尊敬と、悔しさ。


朝日に照らされ、グラウブの背が浮かび上がる。

燃え尽きることのなかった者の覚悟が、光と影をまとう。


誰かの代わりでもなく、

誰かのせいでもなく、

ただ“自分の意志”で立つ背中。


あまりに強く、そして――あまりに人間だった。


その背に、“しがみつきたい”と願う決意が、静かに生まれつつあった。


夜が終わる。

すべてが失われたと思われたその先に――

ようやく、“始まり”の気配が訪れようとしていた。



次回予告


「お前のことは、今でも憎い。

でも……それでも、お前の影の中に居たい」


かつて理想に生き、理想に殺されかけた男が、

今、全てを捨ててでも手にしたいものに辿り着こうとしていた。


次回――

第24話『再契約』


過ちも、痛みも、すべてを飲み込んだ果てに。

手を伸ばせるか――その光に。



立ち止まったままじゃ、死んだ人の想いは置き去りになる。

グラウブの言葉は、読んでいる自分にも突き刺さる瞬間があったかもしれません。

次回「再契約」では、憎しみと尊敬が同居する関係が、ついに交差します。

ここからはもう、後戻りできない物語です。

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