23話 前を向く者たち
愛した人を失ったとき、人は何を拠り所に立ち上がれるのか。
失われた理想と、燃え尽きた感情。
それでも――背中を押すのは、死んだ人ではなく、生きている自分の意志。
今回は、灰の中で再び火が灯る瞬間の物語です。
*
メストアは、目を見開いたまま、言葉も動きもなかった。
アルベリスもまた、何かを失ったような瞳で、ただ座り込んでいる。
二人の間にあった感情も、理想も、愛も。
すべてが燃え尽きた灰のように、重く、無色に漂っていた。
――その静寂を踏み破る、足音。
重く、迷いのない足取り。
「……どうした」
低く響く、グラウブの声。
「放心してる暇があるのか? 生きてるんだぞ、お前らは」
メストアもアルベリスも、顔を上げない。
だが、その声はさらに鋭さを増した。
「愛した相手の死に……そんな中途半端な顔をして、納得してんのか?」
グラウブの拳が震える。
「……死んだやつが、そんな姿を見て喜ぶと思ってんのかよ!!」
バチン――!
アルベリスの頬に、乾いた音が響く。
もう一発。今度はメストアへ。
「気づけよ!! 俺らは“想いの力”でここまで来たんだろ!!」
「死者は戻らねぇ。だが、生きてるお前らが立ち止まってどうする!」
メストアが、ぽつりと呟く。
「……でも、もう……どうしたらいいのか、わかんねぇよ……」
アルベリスも、涙を落としながら、かすかに首を振る。
「私は……ただ、誰かに愛されたかっただけなのに……」
「わかってる」
今度の声は、少しだけ優しかった。
「それでも、生きろ」
「諦めねぇから、道が開けるかどうかなんて、誰にもわからねぇ」
「でも――それでも俺は、生きた証を、死んだやつらの分まで残し続ける」
グラウブの目はまっすぐ前を向く。
「俺は、一瞬だって、奴らを忘れたことはねぇ」
「忘れられることを、望んでたなんて思わねぇからだ」
「だから俺は――あいつらの分まで、生きて、現実を変える」
「それが、俺の“正義”だ」
風が吹き抜ける。
その言葉と同時に、淀んでいた空気が変わった。
押し黙っていた二人が、何かを受け取ったように顔を上げる。
迷いも痛みも、まだ消えはしない。
それでも――その奥に、小さく火が灯った。
メストアは、細めた目でグラウブを見た。
そこには、かつての敵意も、今の混乱も入り混じっている。
だが、確かにあったのは――尊敬と、悔しさ。
朝日に照らされ、グラウブの背が浮かび上がる。
燃え尽きることのなかった者の覚悟が、光と影をまとう。
誰かの代わりでもなく、
誰かのせいでもなく、
ただ“自分の意志”で立つ背中。
あまりに強く、そして――あまりに人間だった。
その背に、“しがみつきたい”と願う決意が、静かに生まれつつあった。
夜が終わる。
すべてが失われたと思われたその先に――
ようやく、“始まり”の気配が訪れようとしていた。
⸻
次回予告
「お前のことは、今でも憎い。
でも……それでも、お前の影の中に居たい」
かつて理想に生き、理想に殺されかけた男が、
今、全てを捨ててでも手にしたいものに辿り着こうとしていた。
次回――
第24話『再契約』
過ちも、痛みも、すべてを飲み込んだ果てに。
手を伸ばせるか――その光に。
*
立ち止まったままじゃ、死んだ人の想いは置き去りになる。
グラウブの言葉は、読んでいる自分にも突き刺さる瞬間があったかもしれません。
次回「再契約」では、憎しみと尊敬が同居する関係が、ついに交差します。
ここからはもう、後戻りできない物語です。
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