【第二十七章】 紅(くれない)の肖像

 学園祭の午後、校舎の廊下には甘ったるいポップコーンの匂いと、生徒たちの歓声が交じって漂っていた。

 有馬いぶきは、志鶴ミユと並んで歩いていた。何気ない会話の合間、ふと前方の騒ぎに足を止める。

 美術棟の前で、数人の美術部員が扉を前にして騒いでいた。

「開かないんです、鍵は開いてるのに……なんか、引っかかってる感じで」

 ちょうどその場に居合わせたのが、篠宮理玖だった。整った顔立ちの奥に、どこか醒めたような目を宿している。

「貸して」

 篠宮が一歩前に出て、扉に手をかけた。

いつの間にか、騒ぎを聞きつけて、九条さやかもやってきていた。

 いぶきは自然と横に立ち、二人で力を込めて押す。何かが倒れる音がして、扉はじわじわと開いた。

 部屋の中に、微かに鉄の匂いが漂っていた。最初に目に飛び込んできたのは、教壇の隅に鎮座する石膏像だった。

 笑う女の横顔。

 それは学院の七不思議のひとつとして語られてきた、<笑う石膏像>。その顔が、赤く染まっていた。いや、正確には、石膏像全体に赤い液体が飛び散っていた。

「血……?」

 ミユが声をひそめる。誰かの悪ふざけか――そう思いたくなるほど、異様な光景だった。

「これ、アヤメがモデルになってる像……」

 いぶきの隣で、篠宮がぽつりとつぶやいた。

「彼女の身に、何かあったんじゃ……」

 篠宮の声は冴えわたっていた。躊躇なく視線を部屋中に走らせる。美術部の展示物が散乱するなか、教室の隅に不自然な形で置かれた衣装箱が目についた。

 黒く塗装された、舞台用の大型道具箱。その蓋が、わずかに開いていた。

 そして、その隙間から――白い指先が、覗いていた。

 息をのむ。誰も言葉を発さない。

 いぶきが、ゆっくりと箱に近づいた。手をかける指が、かすかに震える。

 蓋を持ち上げると、中にはひとりの少女が横たわっていた。顔は、石膏像と同じように、赤く染まっていた。目を閉じ、肌の色が失われている。

 御影アヤメだった。

 その死は、沈黙のなかで、凍りついた時間だけを残した。

 そして、あの笑う石膏像の表情が、まるで彼女の死を喜んでいるかのように見えたのは、ただの錯覚だったのだろうか。

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