第17話 フルーツゼリー
俺のカノジョは、片平なつみという。
同じ高校の同級生で、クラスも一緒だ。
はじめて言葉を交わしたのは受験の日で、その時からキレイな子だなって気になってた。だから、同じクラスになった時はすごくうれしかったし、俺から告白して付き合えるようになった時は、もっとうれしかった。
彼女は頭が良くて、きれいで優しい。
けれど、少し表情に乏しくて……笑った顔を見たことがない。
中学から彼女と一緒だっていう連中によれば、彼女は中学の時からずっとそんなふうらしい。
でも、小学校のころを知ってる数少ないクラスメートは、そのころはもうちょっとは笑顔があったという。
もっとも、別にいじめとかがあったとか、そういうことではないようだった。
なので、年齢が上がると共に、あまり感情を表に出さなくなっていったのかなと、俺は思っている。
もちろん、いつも凛とした彼女もかっこよくて、俺は好きだ。
でもやっぱり、笑顔が見たいと俺は思ってしまう。
笑ったらきっと、とても華やかになってもっときれいで素敵だろうなって思うから。
そんなある時、彼女と仲のいい女子たちから彼女はフルーツゼリーが好きなのだと聞いた。
「あのふるふるした見た目とか食感とかが、好きなんだって」
「ああ、そう言えば、前にそんなこと言ってたよね」
「私、中学同じだったんだけど、一緒にファミレスとか入るとかならず注文してたな」
口々に告げられる話に、俺はいい情報を得たと内心にホクホクだった。
それからしばらくして、俺は学校帰りに彼女を美味しいと評判のフルーツパーラーに寄ろうと誘った。
「うん、いいよ」
彼女が了承したので、俺たちはその店に向かった――のだが。
なんと、その店は数日前に閉店してしまっていた。
店の前には閉店を知らせる紙が貼られていて、扉は固く閉まっていた。
嘘だろ……。ネットで調べた時には、閉店するなんて情報なかったのに……。
がっくりと打ちひしがれながら、なつみをふり返ると、彼女も少しだけしょんぼりしたふうに肩を落としていた。
「ごめん。……俺のチェック不足だ」
「ううん。あなたのせいじゃないよ」
謝る俺に、なつみはかぶりをふる。だが、なんとなくがっかりした感じなのはそのままだったので、俺は慌てて言った。
「他の店探してみるから、ちょっと待ってて」
そのままスマホを取り出そうとする俺を、彼女は止める。
「いいよ。今日はもう帰るね」
言って彼女は踵を返した。
「なら、送るよ」
俺はそんな彼女を慌てて追いかけた。
フルーツパーラーは失敗したけど、なつみがフルーツゼリーを好きなことは間違いがない。あまり感情を見せない彼女が落胆した様子だったことからも、たしかだ。
彼女に美味しいフルーツゼリーを食べてもらう、いい方法はないだろうか。
別の店を探すことも考えたけれど、またこんなことになってはたまらない。もっと確実な方法はないだろうか。
そんなふうにあれこれ考えていた時に、俺はゼリーを作るのが案外簡単なことを知った。
ゼリーの素というものがコンビニやスーパーで売っていて、それを溶かした液に果物を入れて冷やして固めるだけでできるらしい。
果物は缶詰を使えば、皮を剥いたり芯を取る必要がないし、缶詰の汁を味付けに使うこともできるそうだ。
いくつか動画を見て、ゼリーの作り方を学んだ俺は、自分で作ったものをなつみに食べてもらおうと思い立った。
そんなわけで、たまたま母親が留守の土曜の午後、俺は自宅でフルーツゼリーを作った。
中に入れるフルーツは、桃にミカン、パイナップルだった。コンビニにあったいくつかの缶詰の中に、これら全部が少しずつ詰められたものがあって、それを買ったのだ。
あと、作り方を知るために見た動画の中に、炭酸を入れるものがあって、それが美味しそうだったので、ソーダのペットボトルの小さいやつも一緒に購入してあった。
俺はそれらを台所のテーブルに並べると、動画を見ながら作ったメモを参考に、フルーツゼリーを作った。
そして翌日の日曜日。
俺は午後に、うちとなつみの家のちょうど中間あたりにある公園で、彼女と待ち合わせた。
「これ、俺が作ったんだけど……食べてみて」
彼女が来ると公園のベンチに並んで座り、俺は持って来たクーラーバックからフルーツゼリーの容器を取り出した。入れ物とプラスチックスプーンは、百円ショップで買ったものだ。容器が透明なので、中のゼリーがよく見える。
「まあ……!」
なつみの目が小さく見開かれた。
俺が差し出した容器とスプーンを手に取って、しげしげと眺めたあと、彼女は中身をスプーンですくって、目の高さに持ち上げる。
ふるふると揺れるゼリーは、そうすると透き通ってきらきらと輝き、まるで宝石のようだ。
ソーダを入れたので、ゼリーの内側は少し泡立っていて、そこに桃とミカンのかけらが混ざっている。
なつみがそれを口に入れ、味わうようにゆっくりと咀嚼する。
その目がさっきより大きく見開かれ、やがて花がほころぶように笑みが浮かんだ。
俺は、初めて見る彼女の笑顔に、ただ見惚れた。
「美味しい……!」
彼女の口から称賛の言葉が漏れる。けど俺にとってはそれよりも、彼女の笑顔こそが何よりのご褒美だった。
「本当に、すごく美味しいよ」
彼女はもう一度言って、二口目をすくって口に入れる。
再び浮かんだ、幸せそうな笑みに、俺も思わず笑い返した。
そして、フルーツゼリーを作って本当によかったと心底から思うのだった。
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