第5話 ロールケーキ

 ロールケーキを作ろう。

 ふわふわと柔らかな、四角い卵色のスポンジ生地に、たっぷりの生クリームを塗って、くるり、くるりと巻いていく。

 出来上がったロールケーキは、そうっと切り分けて、あなたと二人で食べるのよ。


 わたしたちが出会ってから、もう一年になるのよね。

 出会ったきっかけは、ロールケーキよ。もちろん、あなたは覚えているわよね。

 わたしは、子供のころに食べた思い出のロールケーキを探していたの。とってもとっても美味しいロールケーキでね、わたし、もう一度食べたいって思っていたの。

 でも、当時ケーキを買って来てくれたお父さんは、どこで買ったのか覚えてなくって、それでわたしは、大人になってから同じロールケーキを探して、食べ歩きをするようになったの。

 そのうち、自分でも作るようになったわ。あの味を、再現できないかって思っていたから。

 でも、なかなか難しくて。

 そんな時、あなたのお店にたどり着いたの。

 ロールケーキの専門店! あなたが作ったさまざまな味のロールケーキが売られているお店!

 ここになら、わたしの探しているものが、あるかもしれないって思ったわ。

 そして、その直感は当たったの。

「これだわ。わたしが子供のころに食べたロールケーキ!」

 わたし、あなたのお店のプレーンのロールケーキを食べた時、思わず叫んでしまったものよ。気づいたら、泣いていたわ。わたしにとって、あなたのロールケーキとの出会いは、本当に奇跡みたいなものだったのよ。


 それから、わたしはあなたの店に毎日通って、ロールケーキを買ったわ。

 そのうち、わたしはいつしかあなたが好きになった。

 まさかあなたも、わたしを好きでいてくれるなんて、思ってもいなかったけど。

 でも、わたし、あなたに出会えて幸せだった。

 毎日とても楽しかったわ。

 それなのに。


 あなたが人間じゃないって、どういうこと?

 アンドロイドって、どういうことよ?

 いえ、違うわ。それは嘘よね。

 誰かが、わたしたちの仲を妬んで、嫌がらせしているだけよね。

 だってあなたは、そんなに自然に笑うじゃない。わたしを気遣って、優しい言葉をくれて、美味しいロールケーキを毎日作ってくれるじゃない。

 そんなこと、機械には無理よ。ね?


 そんなところで眠ったら、風邪をひくわよ。

 さあ、起きて。今日はわたしがロールケーキを作ったから。

 あなたのにはかなわないかもしれないけど、わたしのも美味しくできたわよ。

 切り分けたから、一緒に食べましょう?


×××


 男は、頭を粉々に砕かれたAI搭載型アンドロイドを見やって、溜息をついた。

「また壊されたのか……」

「はい。これで二十体目です」

 彼の呟きに、隣で同じように壊れたアンドロイドを見下ろしていた部下が、うなずいて言う。

「壊したのは、店の常連客だった女性ですね。事情聴取に立ち会った社員からの報告では、この個体と恋仲だと思い込んだ常連の女性客が、結婚話を持ち出してアンドロイドだとわかった途端、逆上して破壊したとのことです」

 詳細を告げる部下の言葉に、男はやれやれとかぶりをふる。


 このAI搭載型アンドロイドは、社内では通称パティシエ1号と呼ばれている。

 昨年の春に販売が始まった新型機体で、お菓子作りに特化していた。現在では、全国百か所の店舗で百体が稼働している。

 ただし、そのうちの二十体が頭を粉々に砕かれて、稼働不能にされてしまっている。

 加害者は、みな女性ばかりだった。

 購入した店舗の多くは、客に対してパティシエ1号をアンドロイドだと明言しておらず、たいていは店内でつけた名前で呼んでいた。

 破壊された個体が従事していた店では、どれも接客も任されており、客からの評判はたいそうよかったという。

(それはそうだよな。パティシエ1号は、もともとはアイドルだものな)

 男は胸に呟き、また溜息をついた。


 21世紀のはじめごろ、日本を中心にアイドロイドと呼ばれる歌声合成アプリが流行した。

 開発会社が、20世紀の終わりごろに歌声合成アプリにキャラ付けをして売り出したところ、日本国内で流行し、このアプリを使って作られた楽曲が次第に日本中に広がっていった。そうするうち、最初に作られたアイドロイド、うるわし初音がバーチャルシンガーとして、世界中に知られるようになった。

 当初はアニメ風の映像が主流だったアイドロイドは、時代の進化と共に物理的な肉体を持つようになった。それがつまりは、初期のAI搭載型アンドロイドだったのだ。

 パティシエ1号は、そのころ開発されていた男性型アイドロイド用の外見を流用して造られた。

 なので、顔はアイドルにふさわしく、甘めの整った顔立ちだ。更に店頭に立つことも考慮して、比較的優しい性格と、穏やかな話し方をするようAIを調整した。声のトーンも落ち着いて優しいものにしてある。

 もちろん、パティシエとしての腕は一級品で、多種多様なお菓子のレシピを覚えさせると共に、技術的にも五つ星店のパティシエと同等といっても遜色ない出来だった。

 そして、購入した店舗での評判も、とてもいい。

「すばらしいお菓子を、人間よりも素早く的確に作れる」

「人間の従業員とのコミュニケーションにも問題がない」

「丁寧な接客で、お客様からの評判もいい」

 などなど。

 だからまさか、こんなことになるとは、誰も思っていなかった。


 十体目が破壊された時、男は社の上層部に提案した。

「外見を、変えてはどうでしょうか。たとえば、もっと年齢を上げて、三十代、いえ四十代ぐらいの一般的な顔立ちにするとか」

 そうすれば、少なくともパティシエ1号に恋愛感情を抱く女性は減るのではないか、と彼は思った。

 だが上層部はその提案を却下し――それからも、パティシエ1号はこうしてたびたび破壊されることとなった。

「解体工場へ回しておいてくれ。無事な部品は、再利用に回す」

「わかりました」

 男の言葉に部下はうなずき、破壊された二十体目はそのまま解体工場へと運ばれて行った。

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