第4話 ウィークエンドシトロン

 友人の菜々美から、週末の旅行に行けなくなったと連絡が来たのは、水曜の午後のことだった。

 菜々美と私は学生時代からの友人で、どちらもスイーツが大好きだ。なので、社会人になったあとも、休日に二人で誘い合ってはスイーツが美味しいお店に食べに行ったり、泊りがけでスイーツ巡りの小旅行に出かけたりしている。

 そんな中、隣の県にあるホテルの一つが、『週末バカンス』なる企画を始めたと知った。

 なんでも、週末に二人以上でホテルを予約してくれた客に、そのホテル特製のウィークエンドシトロンを提供してくれるというのだ。

 ウィークエンドシトロンは、レモン風味のバターケーキで、夏にぴったりの爽やかなお菓子だ。

 なんでも、週末に家族で食べることを目的に作られることが多かったので、こんな名前になった……なんて由来もあるらしい。

 ともあれ、私たちはそのウィークエンドシトロンを食べたさに、そこのホテルに予約を入れていたわけだ。だが、勤務先の休日がやや不安定な菜々美は、その日の出勤をどうしても断り切れず、行けなくなってしまった……というわけだった。


 電話を切って、私はさて、どうしよう……と考える。

 ウィークエンドシトロンを提供してもらえるのは、「週末に二人以上でホテルを予約した客」なので、私一人で行っても、お菓子は食べられない。かといって、今から誘って一緒に行ってくれるような友人も、思い当たらなかった。

 困ってしまった私は、それについて、SNSに投稿した。

 私のアカウントは鍵付き――つまり、私が許可した人しか見られないので、私はけっこうプライベートなことも投稿している。

 すると、古参のフォロワーさんの一人から、返信があった。

『そのホテルなら、私も比較的近いですし、週末は仕事が休みですから、ご一緒できますが、どうでしょう?』

 私は少し考え、そのフォロワーさんの厚意に甘えることにした。会うのは初めてだが、このSNSを始めたころからフォローしてくれている人で、もう十年ぐらいは交流がある。

 お菓子作りの趣味が高じて、自分のお店を持ってしまったような人物なので、きっと話も合うだろう。ただ、さすがに当日いきなり現地で初顔合わせというのは、お互い不安だということで、金曜の夜に一度会うことになった。


 そして金曜日。

 最寄り駅近くのファミレスで、私とフォロワーのスイレンさんは、お互い目を丸くして向き合っていた。

「……男性、だったんですか? 私、女性だとばっかり……」

「いや、僕もあなたのことを、男性だとばかり……」

 なんと、てっきり同性だと思っていたスイレンさんは、男性だったのだ。

 もっとも、相手も私を同性、つまり男性だと思っていたらしい。

 お互いの勘違いの主な原因は、ハンドルネームとアイコンだった。

 私はSNSではメグルと名乗っている。アイコンは、子供のころに好きだった変身ヒーローの武器の写真だ。ちなみに、メグルという名も、この変身ヒーローにちなんでいる。

 対してスイレンさんは、可愛いお菓子の画像をアイコンにしていて、しかも話し方というか、投稿の文体もとてもやわらかで優しい感じなのだ。なので私は勝手に、お菓子好きのふんわり優しい女性をイメージしていた。

 もっとも向こうは私のことを、大人になっても変身ヒーローが好きな男性だと思っていたのだから、お互い様である。

 驚きが去って、改めて自己紹介しあったあとに、私たちはお互いの勘違いを笑ったものだった。

 ただ、問題は週末の旅行のことだ。

「旅行はどうしますか? その、同性だと思っていたので、ご一緒しますと挙手したんですが、これでは……」

「そうですね……」

 問われて、私も考える。

 ただお菓子を食べに行くだけならばともかく、泊まりとなると相手が初対面の男性では、私も躊躇する。ホテルにお願いすれば、ツインの部屋をシングル二つに変えてもらうこともできるかもしれないが、それは訊いてみなければわからないことだ。

 考え込んでいる私に、思いついたように、スイレンさんが訊いて来た。

「あなたの目的は、旅行そのものではなくて、ウィークエンドシトロンを食べること、なんですよね?」

「ええ、そうですけど」

 顔を上げ、首をかしげる私に、彼は言う。

「それなら、僕が提供できると思います。よければ、土曜か日曜に、僕のお店にいらっしゃいませんか? お友達もご一緒に」

「え?」

 思いがけないお誘いに驚く私に、彼が言うには、彼のお店は隣県の今いる場所から電車で三十分ぐらいの場所にあるのだという。基本的には作ったものを個別売りしているお菓子屋なのだが、注文を受けて作る場合もあるし、何より店の奥にイートインスペースがあるのだとか。

「もともとこの週末はお店の定休日だったので、お客さんも来ませんから、土曜日曜、どちらでも好きな日の好きな時間に決めてくださって、大丈夫ですよ」

 彼の言葉に、私は思わず目を見張る。

「友人に聞いてみます」

 私は慌てて、菜々美にメッセージを送った。返事はすぐに来て、日曜の午後からなら大丈夫だという。私がそれを告げると、スイレンさんは笑顔でうなずいた。

「では、それまでにウィークエンドシトロンを作っておきます。腕によりをかけて、美味しいのを作りますから、楽しみにしていてください」

「はい! よろしくお願いします!」

 私も笑顔でうなずく。

 最後に連絡先を交換して、私たちは別れた。


 もちろん、件のホテルにはキャンセルの電話を入れた。

 キャンセル料はかかったけど……でも、美味しいスイーツが食べられること自体は変わらない。

 スイレンさんのウィークエンドシトロンは、どんな味なんだろう。日曜日が、すっごく楽しみだ。

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