第6話 カップケーキ
むかしむかし、ある国に若くてたいそう美しい女王がいました。
女王は国のためにも、身分にふさわしい夫を迎え、子供を作る必要がありました。
ただ少し、困ったことがありました。
「女王様、いい加減、婚約者をお決めください。でなければ、殿方は皆おちつきません」
今日も宰相が、昨日と同じ苦虫を噛んだような顔で、昨日と同じことを言います。
「だって……どの方々もみな、それぞれに素敵で、一人には決められないんですもの」
対して女王も、昨日と同じ答えを返します。
そう、女王はどうしても一人の殿方に決められないのでした。
女王には今、両手では数えきれないほどの恋人がいます。かくいう宰相の息子もその一人ですが、彼のように身分の高い者から、城の門番のような貴族としては下級の者まで、さまざまな身分、そして年齢の男性たちが、彼女の恋人でした。
「どうして一人に決められないかですって? そうね。たとえば、レンリックはとても声が素敵で、耳元で愛を囁かれるとうっとりするし、ケイローンは筋骨隆々でとても逞しくて素敵なの。みんな、一人一人が個性的で、素晴らしいところをたくさん持っているのよ。わたくしにはそれがわかるから、目移りしてしまって、決められないの。みんなを恋人のままにしておきたいのよ。わたくし、欲張りなのかしらね」
理由を問われると、女王はそんなふうに答えます。
けれども、ある時、隣国の王から女王に結婚の申し込みがありました。
隣国は領土も広く、強い軍隊を持っていて、理由もなく申し込みを断れるような関係ではありません。しかも、隣国の王と女王が結婚すれば、この国は隣国の領土となってしまう可能性が高いのでした。つまり、女王は何が何でも夫となる相手を決めなければならなくなったのです。
「それでは、こうしましょう。わたくしの恋人たちを広間に集めて、くじを引かせるのです。それに当たった者が、わたくしの夫となるのです」
困り果てる大臣たちの前で、女王が小さく手を打って言いました。
「そんな安易な……」
大臣たちは顔を見合わせましたが、女王は肩をすくめて言います。
「わたくしにはどうしても決められないのですから、神様に決めていただくしかないでしょう?」
結局、誰もそれに代わる妙案を思いつくことができず、くじ引きによる夫選びが行われることになりました。
くじ引きは、女王の提案でカップケーキを使って行われることになりました。
たくさんの甘いカップケーキの中に、一つだけ辛いものが混じっていて、それを食べた者が女王の婚約者となるのです。
女王の恋人たちは城の広間の一つに集められ、その中央に据えられたテーブルには、カップケーキが並べられました。
カップケーキは、普通の黄色い生地のものからチョコレートや紅茶を練り込んだもの、生クリームに果物を飾ったものや、砂糖をたっぷりまぶしたもの、チョコレートの欠片や蜂蜜が掛けられたものなど、さまざまな味と飾りつけのものが並んだのです。
そして女王の恋人たちは、誰かが当たりを引くまでその中から好きなものを選んで食べるというルールです。
もちろん、飲み物もちゃんと用意されているので、喉が渇くようなこともありません。
女王の婚約者になりたい恋人たちは、みな真剣な顔でテーブルの上のカップケーキを選びます。
ところが。
結局、女王の婚約者は決まりませんでした。
というのも、恋人たちはみんな死んでしまったからです。
城の中には、隣国の間諜が潜り込んでいました。そしてこの間諜は、今回の女王の婚約者選びの件を知って、カップケーキを作るための砂糖に無味無臭の毒を入れたのでした。つまり、広間に用意されたカップケーキは全て、毒入りだったということです。
そして、それらをいくつも食べた恋人たちは、全員が死んでしまったのでした。
「なんてことなの。わたくしが、誰も選ぶことができなかったばっかりに……」
女王は事の顛末を知って、嘆き悲しみました。
ですが、悲しみが過ぎ去ると、つと顔を上げました。
「けれども、もしかしたらこれが、神様の決定なのかもしれません。わたくしの夫となる者は、この国にはいないという……」
「つまりそれは……」
女王の言葉を聞いた宰相が、目を見張ります。女王は、それへうなずきました。
「ええ。わたくしは、隣国の王と結婚するべきだという、神様からのお告げですわ」
こうして女王は隣国の王の妃となり、国は隣国に併合されました。
女王は、隣国の王妃となったあとも、多くの男性たちと浮名を流し続けます。
やがて内乱が起こった時、彼女は恋多き女性を嫌う王の甥によって、群衆の目の前で八つ裂きにされました。そして、伯父を殺して王位に就いた新たな王は、彼女の悪評を国中にばらまいたのです。
その際たるものが、現代にまで伝わる女王の婚約者選びにまつわる話――『カップケーキ事変』なのでした。
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